斎藤月岑

斎藤月岑：江戸の町を記録した名主にして考証家

斎藤月岑(さいとうげっしん、1804-1878)は、江戸時代後期の卓越した考証家であり、江戸の町名主として知られています。幼名は鉞三郎、通称は市左衛門、名は幸成、号は月岑、別号として翟巣や松濤軒も用いました。

名家の後継ぎから文化人へ

神田の町名主の家に生まれた斎藤月岑は、代々続く名家の一員でした。斎藤家は徳川家康の江戸入府以前から名主を務め、幕府からもその家柄を重んじられていた由緒ある家系です。幼少期から恵まれた環境で育ち、1817年頃には漢学者の日尾荊山、国学者の上田兼憲、画家の谷口月窓といった文化人たちから指導を受け、幅広い教養を身につけました。

15歳の時、父親の急死により家督を継ぎ、町名主としての職務を全うしながら、精力的に著作活動を行いました。私生活では、妻を二度失うなど、辛い経験も味わいました。養子との確執や養子の失踪など、晩年は家庭的に恵まれない時期もあったと伝えられています。

江戸を知るための礎を築いた著作

月岑の最も重要な業績は、膨大な資料に基づいた数々の著作です。彼の作品は、現代においても江戸時代の社会、文化、歴史を理解する上で欠かせない貴重な資料となっています。

代表的な著作として以下が挙げられます。

『江戸名所図会』 (7巻20冊): 祖父、父、そして月岑自身と三代にわたって執筆された大作です。江戸の町並みや名所旧跡を詳細に記述し、武蔵野、川崎、大宮、船橋といった近郊地域にも及ぶ記述は、江戸の町を深く理解するための基礎資料となっています。挿絵は長谷川雪旦によるものです。
『東都歳事記』 (4巻): 江戸の年中行事や風習を記録したもので、長谷川雪旦、雪堤による挿絵が添えられています。
『声曲類纂』 (5巻6冊): 浄瑠璃で使用される楽曲に関する考証をまとめたもので、音楽史研究の上で重要な資料となっています。
『武江年表』 (12巻): 徳川家康の江戸入府以降の江戸における出来事、風俗、社会事情などを年表形式でまとめたものです。明治維新後も改訂が続けられ、江戸から明治初期までの歴史を網羅しています。
* 『斎藤月岑日記』: 1830年から45年間にわたる詳細な日記で、東京大学史料編纂所に所蔵されています。

これらの著作は、後世の研究者によって何度も校訂・刊行され、現代に伝えられています。

歴史に名を残す町名主

斎藤月岑は、名家の後継ぎとして町名主としての責任を果たす傍ら、精力的に研究と執筆を行い、数々の貴重な著作を残しました。彼の作品は、江戸時代の生活や文化を知る上で重要な役割を果たしており、現在でも多くの研究者や歴史愛好家によって高く評価されています。東上野の法善寺には、幸雄、幸孝、幸成三代の墓所があり、神田司町2丁目には月岑の記念碑が建てられています。彼の功績は、江戸の歴史を紐解く上で欠かせない存在として、これからも記憶に留め続けられることでしょう。

もう一度検索