新里ねぎ

新里ねぎ：伝統と革新が織りなす、幻の曲がりネギ

栃木県宇都宮市新里町で栽培されている新里ねぎは、その名の通り、産地である新里町に由来する伝統野菜です。特徴的なのは、その独特の形状。まっすぐに伸びる一般的なネギとは異なり、湾曲した独特の形状をしています。この特徴的な形は、決して自然に形成されるものではありません。後述する「踏返し」という特殊な栽培技術によって人為的に作られています。

歴史と変遷：江戸時代から続くネギ栽培

新里ねぎの栽培は、江戸時代まで遡るとされています。正確な起源は不明な点も多いものの、『日光道中略記』に隣接する徳次郎三宿の産物としてネギが挙げられていることや、17世紀頃から歌い継がれているとされる徳次郎節の一節に新里でのネギ栽培が示唆されていることから、少なくとも江戸時代には新里村でネギが栽培されていたことは間違いありません。

明治時代に入ると、新里ねぎは換金作物として注目を集め、栽培が盛んになります。下野新聞の記事によると、明治22年には新里ねぎ農家が200戸を数え、高い経済効果をもたらしていたことが分かります。新里町の気候・土壌条件がネギ栽培に適していたことも、その発展を後押ししました。周囲を山に囲まれた地形は冬季の日照時間を長くし、粘土質の土壌は地温を保つのに役立ちました。昭和初期には、栃木県におけるネギ栽培面積の6割以上を新里ねぎが占めていた時期もありました。

しかし、戦後以降は、まっすぐなネギが主流となり、新里ねぎの栽培面積は徐々に減少していきました。軟らかく傷みやすい性質、手間のかかる栽培方法、そして曲がった形状が市場で敬遠されたことが、その原因の一つです。1990年代には機械化による省力化が導入されましたが、生産量の減少に歯止めをかけるには至りませんでした。2014年には、在来種の新里ねぎを栽培する農家はわずか3戸にまで減少。まさに「幻のネギ」と呼ばれる存在となりました。

しかし、2017年には栃木県で初めて地理的表示（GI）保護制度による登録産品となり、状況は一変します。GI登録を機に、新里ねぎの認知度が向上し、ブランド価値が向上。県外からの注文も増え、売り上げは2倍以上に増加しました。現在では、生産組合を中心に、伝統を守りながら生産が続けられています。

品種と栽培方法：在来種と踏返しの技

新里ねぎの品種は、千住系（千住合柄系）と推定される在来種と、元蔵などの外来種があります。在来種は、主に自家採種によって選抜されてきたもので、草勢と耐寒性に優れています。しかし、病害への抵抗性の低さから、近年では耐病性が高く収量の多いF1品種も栽培されています。年末のお歳暮需要など、根強い需要を持つ在来種と、効率的な生産が可能なF1品種が、現在では共存しています。

新里ねぎの栽培において最も重要な作業が「踏返し」です。これは、ネギを人為的に曲げる作業で、粘土質で小石混じりの新里町の土壌が深く耕せないことから生まれた、独自の栽培技術です。まっすぐに育ったネギの根元に溝を掘り、土ごとネギを倒すことで、ネギが自然と曲がって育つように仕向けます。この踏返しの技術は、東北地方や北陸地方など、同様の土壌条件を持つ地域でも見られる曲がりネギ栽培の知恵です。

一般的なネギとは異なり、新里ねぎの栽培期間は1年以上を要します。春まき冬採りが主流となっており、2月下旬から3月上旬の播種、4～5月の定植、7月頃の踏返し、11月～2月にかけての収穫というサイクルです。

食味と流通：独特の甘みと高値

新里ねぎは、軟白部が短く、葉数がやや多いのが特徴です。軟らかく、甘みのある独特の食味は、他の曲がりネギと共通する特徴です。寒くなるほど甘みが増し、生でも加熱しても美味しくいただけます。しゃぶしゃぶ、鍋料理、薬味、酒肴など、様々な料理に活用できます。

流通は、主に宇都宮市内の道の駅や直売所で行われています。かつては宇都宮市場に出荷されていましたが、現在は直売や、農家からの直接発送が主流となっています。在来種はF1品種よりも高値で取引され、その希少性と高い品質が評価されています。

新里ねぎの未来：伝統と革新の共存

「幻のネギ」からブランド野菜へと変貌を遂げた新里ねぎ。その背景には、伝統的な栽培技術と、現代的なブランド戦略の融合があります。GI登録やブランド化は、新里ねぎの生産者にとって大きな転機となりました。しかし、同時に、高齢化や後継者不足といった課題も抱えています。伝統を守りながら、持続可能な生産体制を構築していくことが、新里ねぎの未来を担う重要な課題と言えるでしょう。

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