日本の棚田百選

日本の棚田百選

日本の棚田百選とは、農林水産省が日本の国土に古くから受け継がれてきた棚田の中から、特に優れた景観や保全活動が行われている地区を選定した制度です。この取り組みは、単に美しい農地を選ぶだけでなく、棚田が持つ多様な価値を再認識し、その保全や地域活性化、さらには日本の農業・農村文化への理解を深めることを目指しています。

制度の沿革

日本は山地が多く、平地に乏しい地形であるため、古くから傾斜地を農地として利用するために棚田が開発されてきました。棚田は、水田を階段状に整備したものであり、限られた土地を有効活用するとともに、治水や生物多様性の維持といった多面的な機能も担っています。しかし、機械化が難しく、維持管理に多くの労力がかかることから、特に中山間地域では過疎化や高齢化に伴う耕作放棄地の増加が深刻な問題となっていました。

こうした状況に対し、棚田の価値を守り、未来へ継承していくための具体的な施策として、「日本の棚田百選」の選定が企画されました。平成11年（1999年）7月16日、農林水産省は全国117市町村に存在する134の棚田地区を最初の「日本の棚田百選」として認定しました。この選定は、多くの棚田に光を当て、地域住民による保全活動を後押しし、都市住民などとの交流を促進するきっかけとなりました。

しかしながら、選定後も棚田を取り巻く環境は厳しく、保全活動の困難さから荒廃の危機に直面する棚田も少なくありませんでした。この課題に対応するため、棚田地域の振興を総合的に進めることを目的とした「棚田地域振興法」が令和元年（2019年）に施行されました。この法律のもと、各地で棚田を守り、その魅力を活かした地域づくりに向けた様々な取り組みが展開されています。さらに、令和4年（2022年）2月には、より広い範囲の棚田を対象とした「つなぐ棚田遺産～ふるさとの誇りを未来へ～」として、新たに271地区が選定されました。これは、棚田保全の取り組みをさらに広げ、次世代へその価値を継承していこうという国の強い意志を示すものです。

特徴的な棚田の例

「日本の棚田百選」には、それぞれ地域の自然条件や歴史、文化を反映した多様な棚田が含まれています。

壮大な石垣の棚田

三重県熊野市の丸山千枚田は、約1,340枚もの田が階段状に重なる壮大な景観で知られ、特に見事な石垣で築かれています。急峻な山肌に広がるその段数は100段近くにも及び、石垣の総延長は相当なものとなります。地元住民と都市住民の協力による保全活動やオーナー制度によって、この歴史的な景観が守られています。また、三重県の深野の棚田は、「石の芸術」と称されるほど精巧な石垣が積み上げられており、その総延長は約120キロメートルに達するといわれています。

歴史と文化の舞台

長野県千曲市の姨捨（おばすて）の棚田は、「田毎の月」として古くから親しまれてきた名所です。月の光が水田一枚一枚に映り込む幻想的な風景は、多くの文学作品にも描かれてきました。この文化的・歴史的な価値が評価され、国の名勝や重要文化的景観にも指定されており、棚田が単なる農地にとどまらない文化的資産であることを示しています。このほか、奈良県明日香村の稲渕棚田や島根県奥出雲町の山王寺棚田など、文化的景観として選定されている棚田も多く含まれています。

保全活動と地域交流

千葉県鴨川市の大山千枚田は、土で築かれた土坡（どは）の畔を持つ珍しいタイプの棚田です。ここでは、NPO法人と連携した活発な保全活動が行われており、多くの都市住民がオーナー制度などを通じて田植えや稲刈り、さらには地域文化体験に参加しています。特に酒米を使った「酒づくりオーナー企画」など、収穫物を活用した交流事業は、棚田保全と地域活性化を結びつける好例となっています。佐賀県唐津市の蕨野棚田や熊本県八代市の日光棚田でも、地域ぐるみでの保全活動が進められています。

国際的な評価

石川県輪島市の白米（しろよね）千枚田は、日本海を背景にした美しい景観で知られ、国連食料農業機関（FAO）の世界農業遺産にも登録されています。これは、日本の棚田が持つ価値が世界的に認められた事例であり、その保全の重要性が改めて強調されています。

これらの多様な棚田が「日本の棚田百選」に選ばれたことは、日本の農業や農村が持つ豊かな文化、美しい景観、そして多面的な機能の重要性を再認識する機会となりました。この制度や後継の「つなぐ棚田遺産」は、棚田の保全・継承に向けた継続的な取り組みを促進し、多くの人々に棚田への関心を高める役割を果たしています。

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