日本出版社

株式会社日本出版社：大衆娯楽雑誌から猫専門誌まで、その軌跡

株式会社日本出版社は、かつて東京都新宿区に本社を置いていた出版社です。1938年の創業から2012年の廃業まで、日本の出版業界において独特の足跡を残しました。日中戦争時代にそのルーツを持ち、戦後は成人向けの娯楽雑誌で名を馳せましたが、時代とともに一般向けの出版物にも注力しました。

沿革：戦時下の慰問雑誌から大衆娯楽へ

日本出版社の始まりは、1938年。大日本帝国海軍の委託を受け、出征兵士向けの慰問雑誌『戦線文庫』を発行する戦線文庫編纂所として発足しました。この編纂所の設立には、文藝春秋社の創業者である菊池寛が深く関わっていたとされています。翌1939年には興亜日本社と改組され、『戦線文庫』発行の中心人物であった笠倉寧之（矢崎寧之）が社長に就任しました。笠倉は文藝春秋社の元社員であり、菊池の右腕と目されていた人物です。

『戦線文庫』は、太平洋戦争終結までに82号が発行されましたが、その性質上、国立国会図書館にも収蔵されず、長らくその実態は不明でした。しかし、2005年に日本出版社によって一部が復刻され、戦史研究家の間で大きな反響を呼びました。

終戦後、社名を日本社と変更。カストリ雑誌ブームに乗じ、『にっぽん』『文学51』『婦女界』『文芸倶楽部』『週刊実話読物』など、大衆向けの雑誌を次々と刊行しました。1965年12月には、矢崎泰久による雑誌『話の特集』が日本社から創刊されましたが、笠倉寧之の病気により、社長は矢崎泰久に交代。しかし、1966年に日本社は倒産し、『話の特集』も休刊となりました。

その後、社名を日本出版社と改め、戦後一貫して大衆路線を追求し、成人向けの娯楽雑誌を主に手がけました。代表的な雑誌は、戦後間もなく創刊された『にっぽん実話読物』で、官能小説を中心とした有力な実話誌として、1980年代まで発行が続けられました。同誌の別冊として発行された『別冊実話読物』や『SMクラブ』などの派生誌も存在しました。

多角化と変遷：アダルトからミリタリー、そして猫へ

1970年代以降は、矢崎寧之の息子であり、ジャーナリスト・矢崎泰久の弟でもある矢崎泰夫が出版事業の中心となり、1986年には寧之の死去により代表に就任しました。この間、1980年には『にっぽん実話読物』に替わる成人誌『Vコミック』、1984年には美少女コミック誌『ペパーミントCOMIC』（後に『COMICレモンクラブ』）、1986年にはミリタリーコミック誌『コンバットコミック』が創刊され、1990年代にかけてはアダルトものとミリタリーものが主要な出版物となりました。

雑誌連載作品のうち、官能小説は『アップル・ノベルズ』（1979年-）、『エクセル・ノベルズ』（1996年-）として、美少女コミックとミリタリーコミックはそれぞれ『アップル・コミックス』（1986年-）と『ボム・コミックス』（1986年-）として単行本化されました。

1980年代末から、成人向けコミックの販売に対する規制が各地で強まる中、社長の矢崎は出版社側の立場を代弁する論客としてメディアにしばしば登場しました。1990年代以降は出版物ラインナップの多角化が図られ、アダルトものやミリタリーものに加え、旅行ガイドをはじめとする実用書的なムックなどを刊行するようになりました。中でも特筆すべきは、猫に関する出版物の充実です。これは「ただの猫好き」を自称する矢崎の影響が大きいとみられ、雑誌『猫びより』『ネコまる』、漫画雑誌『ねこのしっぽ』『ねこまんま』などに加え、岩合光昭・新美敬子などの動物写真家による猫や犬の写真集、カレンダーも発行していました。

終焉とその後：休眠会社から吸収合併へ

1990年代は『Vコミック』と『レモンクラブ』の発行部数が最も多い時期が続きましたが、両誌とも2006年に休刊となり、翌年時点では一般向け出版物の比重がより高まっていました。しかし、2012年7月に代表の体調不良と後継者不在により廃業（事業廃止）し、『猫びより』と『ネコまる』は辰巳出版に移管されました。会社としては以降実質休眠法人化した後、2021年4月に大阪市の「株式会社サンドール（現:HBSホールディングス株式会社）」に吸収合併され、正式に解散しました。

日本出版社の歴史は、戦前から戦後にかけての日本の大衆文化の変遷を映し出す鏡と言えるでしょう。大衆娯楽雑誌から猫専門誌まで、幅広いジャンルの出版物を手がけた同社の足跡は、日本の出版史に深く刻まれています。

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