日本煉瓦製造

日本煉瓦製造株式会社

日本煉瓦製造株式会社は、日本の近代化が進む明治時代から昭和にかけて活動した、煉瓦の製造・販売を主たる事業としていた企業です。本社機能を東京に置き、その製造拠点となる工場は、埼玉県榛沢郡上敷免村（現在の深谷市上敷免）に設けられていました。

設立の背景と操業開始

日本の近代化を推し進める明治政府は、堅固な近代建築の必要性を認識し、都市整備のために臨時建築局を設置しました。この局に、ドイツから招聘された著名な建築家であるヴィルヘルム・ベックマンとヘルマン・エンデがお雇い外国人として迎え入れられました。彼らは、近代的な建築物の建設には、高品質な煉瓦とその大量生産を可能にする近代的な工場が不可欠であると政府に進言しました。

これに応える形で、日本の近代資本主義の父として知られる渋沢栄一をはじめとする実業家たちが中心となり、日本煉瓦製造株式会社が設立されました。工場建設地として選ばれたのは、埼玉県内の利根川支流である小山川に面した場所であり、これは完成した煉瓦を舟運によって東京へ運ぶことを想定してのことでした。

工場は1887年（明治20年）、ドイツから招かれた煉瓦製造技師チーゼの指導のもと、操業を開始しました。この工場は、日本国内で初めて機械式の設備を用いて煉瓦の製造を行った画期的な施設であり、日本の近代的な煉瓦産業の先駆けとなりました。

輸送手段の変遷：舟運から専用鉄道へ

当初、工場で生産された煉瓦は、小山川から利根川、そして江戸川を経て東京へと舟で輸送されていました。しかし、増大する輸送需要に対応するため、より効率的な手段が求められるようになります。そこで、1895年（明治28年）には、工場から最寄りの鉄道駅である日本鉄道（現在のJR高崎線）深谷駅までの約4.2km間に、専用の鉄道が敷設されました。これは日本で最初の本格的な専用鉄道であったとされています。

専用鉄道が開通したことで輸送力が大幅に向上し、1899年にはそれまで主要な手段であった舟運による輸送は廃止されました。専用鉄道は主に貨物輸送に用いられ、1920年末の時点で一日3往復の運行が行われていました。

専用鉄道の衰退と廃止

しかし、専用鉄道の利用は長くは続きませんでした。1923年に関東大震災が発生し、煉瓦構造の建物に被害が出たことで、建築における煉瓦の利用が見直されるきっかけとなりました。また、日本煉瓦製造自体が、後に太平洋セメントの一部となる秩父セメントを設立するなど、セメント製造業に進出したことで、煉瓦の出荷量が相対的に減少しました。さらに、全国的に鉄道による貨物輸送が衰退傾向にあったことも影響し、専用鉄道は次第にその存在意義を失っていきました。

結果として、専用鉄道は1972年から運行休止扱いとなり、1975年 3月に全線の廃止届が提出されました。そして翌1976年3月には、線路用地が深谷市に譲渡されることとなりました。

廃線跡の活用と文化財

深谷市に譲渡された専用鉄道の跡地は、線路が撤去された後、現在は歩行者と自転車が通行できる市民の憩いの場である遊歩道「あかね通り」として整備されています。この遊歩道沿いには、かつての鉄道の面影を残す遺構が見られます。

深谷駅を出てすぐに渡る「つばき橋」は、鉄道が現役だった頃の「唐沢川橋梁」の主桁（上路プレートガータ）をそのまま活用しています。また、遊歩道の途中にある「ブリッジパーク」には、かつてこの路線で使われていた「福川橋梁」とその脇にあった「福川避溢橋」が移築・保存されています。これらの橋梁は、その歴史的価値から1987年に「福川鉄橋」として深谷市の指定文化財となりました。

日本煉瓦が支えた近代建築

日本煉瓦製造が生産した質の高い煉瓦は、日本の近代化を象徴する多くの重要な建築物に使用されました。代表的な例としては、壮麗な外観で知られる東京駅の丸の内駅舎が挙げられます。その他にも、法務省旧本館（かつての司法省）や日本銀行旧館、現在の迎賓館である赤坂離宮なども、その煉瓦が用いられた建築物です。また、東京大学のキャンパス内の一部建築や、中央本線万世橋高架橋、信越本線碓氷峠の碓氷第三橋梁といった初期の鉄道施設にも広く採用され、日本のインフラ整備にも貢献しました。

会社の終焉と遺産としての保存

時代の流れとともに、日本煉瓦製造は太平洋セメントの子会社となりましたが、最終的には2006年の株主総会で自主廃業を決定し、会社は清算され、その歴史に幕を閉じました。

しかし、埼玉県深谷市に残された工場施設の一部は、日本の近代産業史における重要な遺産として、その価値が認められています。特に、煉瓦を焼成するために使われた大規模なトンネル窯である「ホフマン輪窯六号窯」をはじめ、「旧事務所」、「旧変電室」といった施設群は、国の重要文化財に指定され、「日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設」として保存されています。また、関連施設の「備前渠鉄橋」も国の重要文化財です。これらの施設は、前述の福川鉄橋（深谷市指定文化財）と共に、深谷市によって適切に保存・整備が進められ、近代日本の産業遺産を伝える貴重な存在となっています。

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