日本禁酒同盟

一般財団法人日本禁酒同盟は、通称「日本禁酒同盟」として知られ、英語では Japan Temperance Union と表記されます。この団体は、酒害に関する知識を広く人々に伝え、アルコールによる害の発生を防ぐこと、そしてすでに酒害に苦しむ人々を救済することを主な活動目的としています。かつては文部科学省の管轄する財団法人でした。

その起源は明治時代の禁酒運動に遡ります。特に1890年は、後に日本禁酒同盟の「初代理事長」と位置づけられる安藤太郎が東京禁酒会の会長に就任した年であり、また各地の禁酒団体が一堂に会した「第一回大日本禁酒同盟会」が開催された記念すべき年でもあります。本稿では、この団体とその前身組織を含めた歴史的変遷をたどります。

日本禁酒同盟は、特定の宗教宗派や政党政派に偏ることなく、多様な立場の人々が連携して、酒害のない社会の実現を目指す運動を展開することを理念として掲げています。

日本における禁酒運動の黎明期

日本における組織的な禁酒運動は、1875年（明治8年）に横浜で奥野昌綱らが設立した「禁酒会」（第一次横浜禁酒会）が最初とされています。これはキリスト教の伝道活動の一環として始まったもので、短命に終わりましたが、各地に影響を与えました。また、1876年（明治9年）に札幌農学校に赴任したクラーク博士は、生徒たちにキリスト教への入信を勧める中で、「イエスを信ずる者の契約」とともに禁酒禁煙の誓約を求めました。この誓約者の中には、後に日本国民禁酒同盟の理事長となる伊藤一隆がいました。

仏教界からも禁酒の動きが現れます。1881年（明治14年）には、西本願寺が設立した普通教校（現・龍谷大学の前身）で、高楠順次郎らが「禁酒進徳」をスローガンに掲げた学生団体「反省会」を結成しました。

海外からの影響も大きく、1883年にアメリカで設立されたキリスト教婦人矯風会（WCTU）は禁酒運動を強力に推進しました。1886年（明治19年）、WCTUのレヴィット夫人が来日し、全国各地で禁酒を訴える演説会を開きました。その熱意に触発され、各地で新たな禁酒団体が生まれるきっかけとなりました。

安藤太郎の登場と全国的広がり

日本禁酒同盟の初代理事長とされる安藤太郎（1846-1924）は、外交官として活躍した人物です。かつては大変な愛飲家で、そのために妻文子夫人が苦労したと伝えられています。1886年（明治19年）、安藤はハワイ王国の総領事として赴任しましたが、当時のハワイの日本人移民社会は荒廃しており、飲酒問題が深刻でした。模範を示すべき立場でありながら、禁酒に踏み切れずにいた安藤に対し、サンフランシスコからハワイに移り住み、移民たちの生活向上に尽力していた牧師の美山貫一が影響を与えました。文子夫人は美山からアメリカの禁酒運動の話を聞き、禁酒の可能性を知ります。そして1887年（明治20年）12月、夫のもとに届いた酒樽を処分する「樽割り」を決行。これを機に安藤も禁酒を始め、美山の影響で安藤夫妻を含む領事館員全員が受洗しました。

1888年（明治21年）4月、安藤はハワイで「在布哇日本人禁酒会」を設立しました。この会は当時の日本人移民の約3分の1にあたる2000人以上が加入する成功を収め、その活動は日本国内にも広く知られることとなりました。1889年（明治22年）10月、安藤は夫人の療養のため日本に帰国。各地の禁酒会から歓迎され、禁酒に関する演説を行いました。その弁舌は「平民的軽妙」と評され、安藤は瞬く間に禁酒運動のカリスマ的指導者となっていきました。

全国組織の誕生と財団法人化

1889年7月の時点で、日本にはすでに60を超える禁酒団体が存在しており、矢島楫子の東京婦人矯風会や、吉植庄一郎らの帝国禁酒会関東支部など、多様な組織が活動していました。「国家的禁酒」や「家族的禁酒」といった異なる理念や、禁酒を通じた社会改良運動という側面が、キリスト教徒以外の人々にも運動を受け入れさせる要因となりました。1890年（明治23年）にはWCTUからジェシー・アッカーマンが来日。彼女に触発された佐々城豊寿や潮田千勢子らが中心となり、1890年3月28日、東京禁酒会が発足しました。

同時期、各地の禁酒団体は全国的な連携の必要性を感じていました。1890年5月には、東京禁酒会を幹事として「第一回大日本禁酒同盟会」が開催され、全国規模の集会を毎年開催することが決議されました。同年11月、東京禁酒会は安藤太郎を会長に選出しました。

全国組織の結成に向けた動きは加速し、1896年（明治29年）に来日したWCTUのクララ・パリッシュの推進もあり、1898年（明治31年）10月1日、日本禁酒同盟会が発足しました。会長には安藤太郎が就任し、各地の禁酒会会長らが役員に名を連ねました。

しかし、1918年（大正7年）頃には、運動の宗教色が強まったことへの反発から、大阪の禁酒同盟会が脱会するなど分裂が生じました。こうした状況の中、1919年（大正8年）には青木庄蔵を会長とする国民禁酒同盟が組織され、禁酒運動そのものを純粋に追求する姿勢を打ち出しました。

日本国民禁酒同盟の時代

1920年（大正9年）、日本禁酒同盟会と国民禁酒同盟は合同に合意し、同年3月25日には財団法人として登記され、財団法人日本国民禁酒同盟となりました。事務所は神田のYMCA同盟会館に置かれ、理事長には長尾半平が就任しました。この「宗教に偏せぬ全国的大合同」により組織は強化され、1922年には全国大会も再開され、戦時中の1943年まで毎年開催されることになります。

この時期、同盟の幹部であった衆議院議員の根本正は、1901年から帝国議会に「未成年者飲酒禁止法案」を繰り返し提出しました。彼の粘り強い活動は実を結び、1922年に未成年者飲酒禁止法が公布・施行されることにつながりました（現・二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律）。

1930年代の経済恐慌や戦時体制下では、農村政策や労働管理の一環として、禁酒運動が政府から関心を持たれる局面もありました。戦時中、日本国民禁酒同盟は「禁酒報国」をスローガンに掲げ、戦争への協力姿勢を示しました。

戦後の再建と新たな課題

第二次世界大戦の戦災により組織は一時解散状態に陥りましたが、戦後、本郷中央教会の武藤健牧師らの支援を受け、1949年に日本禁酒同盟として活動を再開しました。復興総会は、安藤太郎の旧宅地に建てられた安藤記念教会で開催されました。

戦後の社会復興が進む中で、伝統的な禁酒運動は相対的に衰退傾向を見せました。一方、酒類の生産拡大に伴い、アルコール依存症が社会問題として顕在化してきます。これに対応するため、同盟は運動路線を徐々に変化させていきます。1953年には同盟内に「断酒友の会」が創設され、これが全国各地に広がる断酒会設立の契機となりました。1958年には「断酒新生会」が組織され、1963年には全日本断酒連盟（全断連）として同盟から独立しました。日本禁酒同盟自身も「断酒修養会」という形で断酒継続の支援を続けています。

団体の歴史資料の保存と公開にも力が入れられました。1994年には、当時の理事長であった小塩完次の旧宅に小塩完次記念日本禁酒同盟資料館が開設され、同盟の事務所も兼ねました。その後、資料の委託先が検討された結果、2016年5月には、反省会や日本国民禁酒同盟に関わった高楠順次郎を学祖とする武蔵野大学の政治経済研究所に、同資料館の所蔵資料が寄贈され、歴史が継承されています。

時代の変化と共に活動内容は変容しつつも、日本禁酒同盟は明治期からの禁酒運動の精神を受け継ぎ、酒害のない社会を目指す活動を現在も続けています。

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