日食の戦い

「日食の戦い」あるいは「ハリュス川の戦い」として知られるこの紛争は、紀元前6世紀前半、古代オリエント世界に勢力を誇ったメディアとリュディアという二つの王国の間で戦われた軍事衝突です。メディアを率いたのはキュアクサレス2世、リュディアを率いたのはアリュアッテスでした。この戦いは決定的な勝敗がつかないまま終結し、両国は停戦合意に至り、長期に及んだ約6年間の敵対関係に終止符を打つ平和条約を締結しました。

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは、その著書『歴史』の中でこの戦いに触れています。彼によれば、アリュアッテスのリュディアとキュアクサレスのメディアの間で行われた戦争は、五年にわたる膠着状態が続いた後、六年目に発生した戦いの最中に突如として昼間が闇に閉ざされるという現象が起こり、これを契機に両軍は戦いを止め、平和条約の締結交渉を開始したとされます。ヘロドトスはこの不可思議な出来事を、ミレトスの賢人タレスが事前に予測していた日食であったと記しています。しかし、戦場が具体的にどこであったかについては明確な記述を残していません。

締結された平和条約には、二国間の融和を図るため、リュディア王アリュアッテスの娘アリュエニスとメディア王キュアクサレスの子アステュアゲスの婚姻を定める条項や、両国の境界線をハリュス川（現在のトルコ領内を流れるクズルウルマク川）とすることで合意した点などが盛り込まれていました。

タレスによる日食予測については、他の歴史家も言及しています。ローマの雄弁家キケロは、タレスを史上初めて日食を予測した人物とし、その出来事をアステュアゲス王の治世に位置づけています。ただしアステュアゲスは父キュアクサレスの没後に即位しており、これは戦争終結後の時代にあたります。一方で、博物学者大プリニウスは、タレスによる日食予測をアリュアッテス王の時代、すなわち戦争が行われていた時期に結びつけて述べています。

ヘロドトスの記録にある日食を史実として受け止めるならば、現代の天文学的計算により、この日食は紀元前585年5月28日に発生した金環日食であると特定できるとする説が有力視されており、これを「タレスの日食」と呼ぶこともあります。これにより、戦いの正確な日付も推測可能となります。さらに、多くの歴史研究者は、当時の両国の境界域を流れていたであろうハリュス川こそが、この決定的な戦いの場所であったと推測しています。科学作家アイザック・アシモフは、もしこの日食が本当にタレスによって事前に予測されていたのであれば、人類史上、発生日を予知された天象として最も古い事例となるだろうと指摘しています。

しかし、ヘロドトスの記述に基づくこうした解釈に対しては、無視できない幾つかの問題点が指摘されており、学術的な論争の対象となっています。例えば、古代ギリシャの初期の時代において、タレスがこのような正確さで日食を予測できるほどの天文学的な知識や計算手法が存在したかについては疑問が呈されています。また、紀元前585年の日食が想定される戦場付近で見られた時刻は日没寸前であったと計算されており、当時の古代世界において、日没間際に大規模な戦闘が行われることは極めて稀であったという点も不自然さが指摘される要因であるとされています。さらに、ヘロドトス自身が『歴史』の別の部分で記述しているメディア王たちの系譜やその統治期間を参照すると、戦いを指揮したとされるキュアクサレス王は、紀元前585年の日食が起こる約10年前に既に死去していた計算になるという、決定的な矛盾も存在します。

このように、「日食の戦い」は、歴史的な出来事とその記録の解釈、そして古代の天文学水準に関する議論を内包する興味深い事例であり、その実像については現在も研究者の間で様々な見解が提示されています。

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