旧横須賀鎮守府庁舎

旧横須賀鎮守府庁舎：歴史と建築を物語る建造物

旧横須賀鎮守府庁舎は、神奈川県横須賀市に存在した大日本帝国海軍の横須賀鎮守府の庁舎でした。終戦後は連合軍に接収され、現在は在日米海軍司令部庁舎として使用されています。この記事では、明治23年(1890年)竣工の初代庁舎、関東大震災後の二代目庁舎、そして隣接する旧横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部（現：米海軍横須賀基地司令部庁舎）についても解説します。

概要

明治17年(1884年)に設置された横須賀鎮守府は、明治20年(1887年)に初代庁舎の建設を開始し、明治23年(1890年)に歴史主義建築の庁舎が完成しました。しかし、大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊。その後、大正15年(1926年)に二代目庁舎が再建されました。震災後、横須賀鎮守府や横須賀海軍工廠では耐震・防火設計が重視され、二代目庁舎も柔構造を基本とした耐震設計と防火対策が施されました。また、初代庁舎が歴史主義建築であったのに対し、二代目庁舎は近代的なデザインとなりました。

鎮守府庁舎の隣には平屋建ての会議所が計画されましたが、鎮守府の人事部と艦船部の拡張に伴い、二階建てに変更。一階に艦船部庁舎と会議所附属室が設けられました。この横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部は昭和9年(1934年)頃に完成しました。

終戦後、横須賀鎮守府は連合軍に接収され、庁舎も在日米海軍司令部として使用されています。隣接する旧横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部は、一階が米海軍横須賀基地司令部、二階が多目的ホールとして利用されています。

横須賀鎮守府の成立と庁舎建設

明治9年(1876年)に横浜市に設置された東海鎮守府は、明治17年(1884年)に横須賀へ移転し、横須賀鎮守府となりました。移転当初は、横須賀造船所の官舎の一部を間借りしていました。

横須賀鎮守府は明治19年(1888年)に造船部を設置し、明治22年(1891年)には横須賀造船所を統合。機能の充実とともに、庁舎の狭隘化と老朽化が問題となり、外国艦船の賓客を迎える上でも不都合が生じるようになりました。こうした状況下、明治20年(1887年)に庁舎の建設が開始されました。同時期には呉や佐世保でも庁舎建設が進められていました。

初代横須賀鎮守府庁舎

明治20年(1887年)に建設が開始された初代庁舎は、丘陵部を崩して造成した用地に建設されました。設計者は横須賀鎮守府建築部筆頭技師の渡辺五郎で、林忠恕が設計を補助したと考えられています。林は、大審院庁舎など官公庁の建築設計に携わった人物です。

明治23年(1890年)4月に竣工した初代庁舎は、煉瓦造二階建ての歴史主義建築でした。建物中央には車寄せ、軒上には菊花紋章をあしらったペディメント、両翼には寄棟屋根が設けられ、左右対称の美しい外観を特徴としていました。

関東大震災による倒壊と再建

大正12年(1923年)9月1日の関東大震災により、初代庁舎は倒壊しました。横須賀鎮守府関連施設では、煉瓦造の建物が大きな被害を受けましたが、鉄骨造や鉄筋コンクリート造の建物は比較的軽微な被害に留まりました。震災後、海軍省は耐震・防火建築による復旧方針を決定しました。

大正14年(1925年)12月、新庁舎の設計が開始され、横須賀鎮守府建築部の島田秀夫、樋口一夫、菊地秀夫が担当しました。大正15年(1926年)3月11日に起工され、同年10月15日に竣工。8ヶ月足らずの短期間で完成したのは、「突貫の馬淵」と呼ばれた馬淵組の尽力によるものでした。同年11月25日には落成式が行われました。

二代目庁舎は、鉄骨造三階建てで、総建坪675坪、総工費は237,276円でした。建物中央に車寄せがありましたが、屋根は無装飾の陸屋根で、全体として箱型の近代的なデザインとなりました。

新庁舎と耐震・防火設計

二代目庁舎は、主体部が鉄骨造で、外壁は鉄骨に鉄網セメントガン吹き付けの上にタイル張り、内壁は鉄網モルタル及び漆喰塗り、屋根と床スラブは鉄筋コンクリート造という、鉄骨造と鉄筋コンクリート造を組み合わせた構造でした。

当時、海軍建築局長の真島健三郎は、鉄筋コンクリート造の耐震性に疑問を持ち、鉄骨造による柔構造を提唱していました。旧横須賀鎮守府庁舎の調査の結果、その構造は真島の柔構造理論に基づいていることが判明しました。また、窓は全て単窓の上げ下げ窓となっており、外壁面の強度を均一化するという目的で選択されたと考えられています。

このように、大正15年(1925年)に再建された横須賀鎮守府庁舎は、真島健三郎の柔構造理論に基づき建設された耐震建築であり、関東大震災後の耐震構造理論を採用した最初期の建造物の一つと考えられています。その後、横須賀鎮守府管内では、旧横須賀海軍工廠庁舎や旧横須賀海軍病院庁舎なども、真島の柔構造理論に基づいて建設されました。

また、再建された横須賀鎮守府庁舎では、鉄骨を耐火物で厚く覆うという工法を採用し、耐火性にも配慮した建築がなされました。

横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部の建設

横須賀鎮守府庁舎の隣には、鉄骨平屋建ての横須賀鎮守府会議所の建設が予定されていましたが、人事部と艦船部の拡張に伴い、二階建てに変更。一階を艦船部庁舎と会議所附属室とする案が決定され、昭和9年(1934年)まで建築が進められました。設計者は不明です。

横須賀鎮守府会議所・横須賀海軍艦船部は鉄骨造二階建てで、外壁は小豆色の煉瓦タイル張りで覆われ、建物上部には三角破風が乗せられ、建物中央部には柱頭飾りがある大きな柱形が立ち上がりエンタブラチュアを支えるなど、装飾性に富んだ歴史主義建築の伝統を踏襲した建物となっています。

建物内部も装飾が施されており、横須賀鎮守府管内で関東大震災後に建設された建物の中では最も装飾性に富んだ建築物です。現在は、一階が米海軍横須賀基地司令部、二階が多目的ホールとして利用されています。

終戦後の接収と在日米海軍司令部庁舎

第二次世界大戦終戦後、昭和20年(1945年)8月30日に連合国軍が横須賀に進駐し、横須賀鎮守府庁舎には星条旗が掲揚されました。9月2日には正式に連合軍に接収され、昭和27年(1952年)4月28日のサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約の発効により、在日米軍としてアメリカ軍が駐留するようになり、横須賀鎮守府庁舎は在日米海軍司令部庁舎として現在も使用されています。

在日米海軍司令部庁舎となった後、建物の改築が行われた可能性がありますが、詳細は不明です。三階部分の窓のうち八ヵ所が塞がれているのが特徴で、昭和40年(1965年)頃に情報を取り扱う部署がある三階部分について窓を塞ぐ改築がなされたとされています。

旧横須賀鎮守府庁舎は戦後、在日米海軍司令部庁舎として使用され続けているため、長らく学術調査が実施できませんでしたが、平成14年(2002年)以降、基地内の施設調査が認められるようになり、耐震設計の草分け的な建造物であったことなど、貴重な知見が得られるようになりました。

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