早朝のステーン城を望む秋の風景

ピーテル・パウル・ルーベンスの晩年を彩る風景画

『早朝のステーン城を望む秋の風景』（そうちょうのステーンじょうをのぞむあきのふうけい、蘭: Herfstlandschap met uitzicht op het Steen, 英: An Autumn Landscape with a View of Het Steen in the Early Morning）は、バロック期フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1635年から1640年頃に制作した油彩の風景画です。晩年のルーベンスが家族と暮らしたステーン城とその周辺の風景を描いており、彼の私的な喜びと故郷への愛着が色濃く反映された作品と言えるでしょう。

制作背景

ルーベンスは、スペイン国王やイングランド国王によって貴族の称号を授けられました。その地位と富を得て、彼は1635年にメヘレン近郊のステーン城とその荘園の領主権を購入。これは、彼がエレーヌ・フールマンと再婚した5年後のことでした。それ以来、彼は毎年夏になると家族と共にステーン城で過ごし、顧客の注文に縛られることなく、創作意欲の赴くままに絵画を制作しました。

この時期に描かれた作品には、エレーヌをモデルとした官能的な絵画だけでなく、約50点もの風景画も含まれています。外交官としても活躍し、多忙な日々を送っていたルーベンスが、政治活動から身を引いて穏やかな生活を送る中で、自然の美しさに癒されたことは想像に難くありません。

風景画は、当時、宗教画や肖像画に比べて地位が低いと考えられていましたが、ルーベンスは、風景画が人々の感情や雰囲気、とりわけ自然の喜びを表現するのに適していることに早くから気づいていました。

作品の特徴

『早朝のステーン城を望む秋の風景』と対をなす『虹のある風景』は、ルーベンス自身の成功と、彼が最も大切にしていた故郷フランドルの平和と繁栄を象徴していると言えるでしょう。

夜明けと共に太陽が昇り、陽光に照らされたステーン城の爽やかな秋の朝の風景が描かれています。画面全体は静寂と穏やかな喜びに満ちており、ルーベンスは太陽の低い光を使って、風景とその土地で生活する人々に命を吹き込んでいます。空には、陽光を受けて金色に輝く白い雲が浮かび、その下では木々の影が長く伸び、青い平原からは蒸気が立ち上っています。陽光は広大な風景を揺らめかせ、牧草地の草の上に落ちた露を思わせます。ステーン城の窓や、近くを流れる小川の水面はきらめき、鳥たちがさえずりながら空を飛んでいます。

画面左側は白樺の木の影に覆われて落ち着いた色彩です。そこでは、夫婦が荷馬車に乗り、小川を渡っています。彼らは市場に出かけるのでしょう、妻は荷物の上に座っています。後方では、邸宅に住む夫婦が散歩をし、乳母が赤ちゃんをあやし、男性が朝食のために堀で釣りをしています。

画面中央の前景には、銃を持った男性と猟犬がしゃがみ込み、餌を食べているヤマウズラを撃とうとしています。その向こうの畑では、乳搾りの女性たちが牛たちの間で働いています。遠景には、林や農地、そして都市の様々な建物が小さく描かれています。

本作品では、ステーン城周辺の朝の風景が描かれているのに対し、対作品の『虹のある風景』では、虹が現れた夕暮れ時のステーン城周辺の風景が描かれています。ただし、これらの風景は、現実の写生ではなく、ルーベンスが様々な要素を組み合わせて作り上げた架空のものです。両作品は、ステーン城で描かれ、同じ部屋に飾られていたと考えられています。

高い視点からの描写

ルーベンスは、地平線を画面の上3分の2の高い位置に設定し、鑑賞者の視点を高くしています。遠景を遮るものを描いていないため、鑑賞者は広大な風景を見渡すことができます。これは、伝統的なフランドルの風景画に見られる鳥瞰図であり、ルーベンスがこの様式で描いた最後の作品の一つです。

ルーベンスは色彩の帯を使って広いパノラマを実現しています。前景は赤みがかった茶色、中景は緑と金色、霧がかった遠景は青で彩られています。

支持体と室内配置

オーク材の支持体は、ルーベンスがこの作品を自分自身のために描いたことを示しています。通常、裕福な後援者のために制作された絵画では、支持体が複数の大きな部分に分かれています。しかし、本作品の支持体は、ルーベンスが描きながら小さな木片を追加し、継ぎ接ぎしたように見えます。このような手法は、美術収集家には受け入れられないため、この作品が顧客からの依頼で制作されたものではないことが分かります。

『早朝のステーン城を望む秋の風景』と『虹のある風景』は、ステーン城の同じ部屋に設置されていたと考えられています。ルーベンスは、室内に展示する際の配置を考慮して、これらの作品を描いたのでしょう。両作品の太陽の位置から、それらは部屋の向かい合う壁に、窓から差し込む陽光の向きと一致するように設置されていたと考えられています。つまり、『早朝のステーン城を望む秋の風景』は、画面右から陽光が差し込んでいるため、左側の壁に設置され、『虹のある風景』は、画面左から陽光が差し込んでいるため、右側の壁に設置されたと考えられます。

来歴と修復

ルーベンスは、1640年に亡くなるまで『早朝のステーン城を望む秋の風景』と『虹のある風景』を手放すことはありませんでした。彼の死後、両作品は一時的に離れ離れになりますが、スペインで再会し、その後、ジェノヴァの総督コスタンティーノ・バルビのコレクションとなりました。1803年には、アーサー・チャンパーノウンがバルビ・コレクションから両作品を購入し、ロンドンに持ち込みました。その後、両作品は異なる所有者の手に渡り、最終的に『早朝のステーン城を望む秋の風景』は、ジョージ・ボーモント卿の手に渡りました。彼は、1823年に、この作品を含む16点の絵画をナショナル・ギャラリーに寄贈しました。

2021年には、ウォレス・コレクションで開催された展覧会で、『早朝のステーン城を望む秋の風景』は200年以上ぶりに『虹のある風景』と再会しました。この展覧会に先立ち、本作品の修復が行われ、変色した古いワニスの層を取り除くことで、本来の色彩の深みと鮮やかさが蘇りました。また、脆弱だった支持体に対して、構造的な修復も行われました。

ルーベンスの風景画は、彼の才能と、自然への深い愛情を示す素晴らしい作品です。

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