春風亭柳枝 (初代)

初代 春風亭 柳枝

初代 春風亭 柳枝（しゅんぷうてい りゅうし）は、文化10年（1813年）に生まれ、慶応4年7月17日（1868年9月3日）に没した江戸時代後期の落語家です。本名は亀吉といい、江戸の京橋常磐町で魚屋を営む庄三郎の息子として生まれました。

文政中期にあたる13歳頃、あるいは16歳頃とも伝わりますが、初代麗々亭柳橋の門を叩き、その弟子となりました。師匠の名跡である柳橋を襲名する話もあったとされますが、柳枝はこれを辞退し、生涯を通して春風亭柳枝の芸名を名乗り続けました。

柳枝は、入門後の修業を通じて独自の芸風を確立しました。特に人情噺において、従来の型にとらわれない独自の演出方法を導入することで、それまでの落語の話法を大きく変革したと言われています。彼の語りは感情表現が非常に巧みで、聴衆の心を強く引きつけ、共感を呼んだと伝えられています。得意とした演目には、「九州吹戻し」や「三代吉殺し」といったものが挙げられます。また、現在も広く演じられている名作「子は鎹」（子別れ）に登場する息子「亀吉」は、この柳枝自身の幼名から取られたものであるという説も語り継がれていますが、これには諸説あります。

当時の文献である『落語年代記』には、「柳の枝に赤い鼻咲く」という記述が見られます。これは、柳枝が大変な酒好きであったために、その鼻が赤く酒焼けしていた様子を示唆するものとして知られています。

柳枝の活動として特筆されるのは、1862年に日本橋万町の柏木で始まった三題噺の会への参加です。彼はこの会の有力メンバーとして名を連ね、その場で与えられた三つの題を元に即興で落語を創作し、披露しました。噺を素早く、しかも巧みにまとめ上げる彼の技量は、参加していた他の演者の中でも一番であったと評されています。しかし、わずか2、3年後にはこの会から退き、後進の育成のため、道を譲ったと見られています。彼が道を譲った相手は、後の4代目三笑亭可楽となる3代目朝寝坊むらくでした。

初代春風亭柳枝は、当時の落語界において、まさに旗頭と呼べる存在でした。彼は芸の腕だけでなく、組織運営にも優れた手腕を発揮したとされ、多くの弟子を育てました。彼の門下からは、2代目柳亭左楽、初代春風亭梅枝、2代目春風亭柳枝、初代春風亭小さん（後の4代目朝寝坊むらく）、初代談洲楼燕枝、春風亭菊枝（松浦久次郎）、3代目柳亭燕路など、後の落語界、特に柳派を支え、発展させていく上で非常に重要な役割を担うことになる人物が多数輩出されました。柳枝が育てたこれらの弟子たちは、柳派の礎を築き、その後の隆盛に計り知れない影響を与えたと言えます。

柳枝の墓所は、当初は浅草土富店にあった長遠寺（現在の台東区元浅草2丁目）に営まれ、戒名は「酒遊院柳枝日新信士」と称しました。しかし後に、赤坂にある妙像寺（現在の港区六本木4丁目）へ改葬され、その際に戒名も「酒遊院柳枝日喜」と改められました。

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