昭和40年台風第29号

昭和40年台風第29号（カルメン）

昭和40年台風第29号は、1965年（昭和40年）10月に発生し、国際名「カルメン（Carmen）」と呼ばれました。この台風は、マリアナ海域で日本の漁船団が巻き込まれ、多数の犠牲者を出した「マリアナ海難」を引き起こしたことで特に知られています。

台風の経過

この台風の始まりは、10月2日の午前3時、エニウェトク島の西南西の海上に発生した一つの熱帯擾乱でした。当時は「弱い熱帯低気圧」と分類されていましたが、これは現在の「熱帯低気圧」に相当します。その後、熱帯低気圧は西北西へと移動を続け、10月4日午後3時には北緯12度7分、東経151度2分で台風へと発達し、「昭和40年台風第29号」となりました。

台風は当初、あまり勢力を増すことなく西寄りに進んでいましたが、10月6日にマリアナ諸島の中部付近に達した頃から、その性格が一変します。ここから台風は急激な発達を見せ始めました。10月6日午前3時には中心気圧970ミリバール（現在のヘクトパスカルと同じ）、中心付近の最大風速30メートル毎秒でしたが、わずか24時間後の10月7日午前3時には、中心気圧は驚異的な914ミリバールまで低下し、最大風速も70メートル毎秒に達しました。この時が台風の最盛期にあたります。

同時に、台風の進路も大きく変化しました。西寄りから急転し、マリアナ諸島に沿うように北へと向きを変えたのです。その後、台風は勢力を次第に弱めながら、速度を上げて北上を続けました。日本本土からは大きく離れた南東海上を通過し、三陸沖を経て、10月10日午前9時には北海道の東、得撫島（ウルップとう）の南東の海上、北緯43度3分、東経155度5分で温帯低気圧へと変わりました。

この台風は、マリアナ諸島で北向きに進路を変えてからは、明確な転向点を示すことなくほぼ直線的に北上したのが特徴です。日本列島の陸地からは遠く離れた海上を進んだため、日本国内での直接的な被害報告はありませんでした。しかし、マリアナ諸島付近で発生したある出来事によって、この台風は日本の気象史にその名を刻むことになります。

マリアナ海難

昭和40年台風第29号に関連して発生した最も悲劇的な出来事は、1965年10月7日にマリアナ諸島で起こったマリアナ海難です。

当時、マリアナ諸島周辺の豊かな漁場で操業していた日本のカツオ漁船とマグロ漁船、合わせて7隻の漁船団が、この台風の直撃を受けて遭難しました。当初の気象予報では、台風はアグリハン島から比較的離れた海域を通過すると予測されていました。この予報に基づき、漁船団は台風の通過をやり過ごすため、アグリハン島の西沖に停泊して待機していたのです。

しかし、台風第29号は予測に反して急発達しながら進み、10月7日朝にはアグリハン島に急速に接近し、そのすぐそばを通過しました。最盛期の勢力を持っていた台風の最大風速70メートル毎秒にも達する暴風は、東から南、そして西へと急激に風向を変えながら停泊中の漁船団を襲いました。漁船は凄まじい暴風に晒されただけでなく、風向の急変によって発生した激しい三角波を伴う巨大な波にも打ちのめされました。

この過酷な状況により、漁船7隻のうち1隻は波間に沈没し、1隻は島に打ち上げられて大破、そして残りの5隻は行方不明となってしまいました。台風通過後に行われた懸命な捜索活動により3名が救助されましたが、死者・行方不明者は合わせて209名に上る大惨事となりました。この前例のない大規模な漁船遭難事故は、当時の日本社会に深い衝撃と悲しみをもたらしました。

昭和40年台風第29号は、その発生から消滅までの経路や勢力の変化もさることながら、このマリアナ海難という悲劇と不可分に結びついて記憶される台風です。

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