昭和42年7月豪雨

1967年（昭和42年）7月に、日本列島、特に西日本を中心に発生した記録的な豪雨災害です。この年は年始からの寒波、春先の高温多雨、初夏にかけての異常渇水など、特異な気象状況が相次いだ年であり、この豪雨もその短い梅雨期に発生しました。

豪雨発生のメカニズム

6月末に梅雨前線が発達し、7月6日頃から太平洋沿岸に停滞しました。その後、7月初旬に発生した台風7号が8日に熱帯低気圧に変わると、その暖湿気流が南から前線に流れ込み、北からの冷たい空気とぶつかることで梅雨前線の活動が非常に活発化しました。さらに9日には、その熱帯低気圧が五島列島付近で温帯低気圧へと変化し、活発な梅雨前線上を北部九州から関東方面へ速い速度で東に進みました。この複雑な気象状況が重なった結果、7月9日を中心に、西日本の各地で記録的な集中豪雨が発生しました。

各地の雨量記録を見ると、長崎県佐世保市では時間最大雨量125.1mm、兵庫県神戸市では一日最大雨量361.1mmを観測するなど、異常な大雨となりました。特に、9日正午頃から夜にかけて、温帯低気圧の通過に伴い、長崎・佐賀から広島、兵庫へと豪雨のピークが順次移動していきました。

被害の全体像

この昭和42年7月豪雨による水害は、24府県にわたる広範囲に甚大な被害をもたらしました。全国で確認された死者・行方不明者は350名を超え、全壊・半壊・一部損壊を含めた建物被害は30万戸以上に上る大災害となりました。多くの市町村で災害救助法が適用されています。

被害が特に大きかったのは、長崎県の佐世保市や佐賀県の伊万里市、広島県の呉市、そして兵庫県の神戸市などです。これらの都市は、入り江に発達した港湾都市であり、平野部が狭く、市街地のすぐ裏手に急峻な山地や丘陵が迫っているという共通の地理的特性を持っていました。記録的な豪雨がこれらの地域に集中したことで、河川の氾濫に加え、大規模な土砂災害が多発し、多くの人命が失われる結果となりました。

主要な被災地とその特徴

九州北部（長崎・佐賀）

長崎県では佐世保市で最も被害が大きく、「佐世保水害」とも呼ばれます。7月8日から雨が続き、9日には五島列島福江でも記録的な豪雨となりました。その後、豪雨域は東へ移り、佐世保市を中心に9日昼過ぎまで強い雨が降り続きました。佐世保市では死者29名、負傷者270名、約74億円の被害額が報告されています。五島列島では、旧福江市で死者11名、家屋の全壊・半壊・浸水が多数発生しました。

佐賀県では伊万里市が中心的な被災地となり、「42年大水害」とも称されます。9日正午頃から午後にかけて、伊万里市や有田町を含む県の西北部で集中豪雨が発生しました。伊万里市内を流れる松浦川、伊万里川、有田川などが氾濫したほか、山間部からの土砂災害が発生し、市街地に甚大な被害をもたらしました。伊万里市では死者12名、負傷者435名、約5500戸の家屋が浸水・流出する被害が出ました。有田町でも死者9名、家屋の全壊・半壊が多数発生しました。

中国地方（広島）

広島県では、特に呉市で壊滅的な被害が出ました。8日から降り続いた雨で地盤が緩んでいたところに、9日午後からの記録的な豪雨が加わり、大規模な土砂災害と河川決壊が相次ぎました。呉市だけで死者88名、負傷者231名に及び、全壊・半壊家屋が約460戸、浸水被害が約26000戸に達するなど、広島県内の被害の大半を占めました。特に、急斜面からの土砂崩れにより多数の生き埋め被害（171名）が発生しました。警固屋町では救助活動中に二次崩落が発生し、消防隊員1名が殉職する悲劇も起こりました。阿賀南地区では浜田川が決壊し発生した土石流が呉市立大入小学校を襲いましたが、校舎が土石流の勢いを弱め、下流の集落への被害を軽減した事例もありました。この災害による甚大な被害を受け、当時運行していた呉市電は同年12月をもって全線廃止となりました。

近畿地方（兵庫）

兵庫県では神戸市が大きな被害を受け、昭和13年阪神大水害、昭和36年梅雨前線豪雨と並び、「昭和の3大水害」の一つに数えられています。神戸市では9日朝から雨が強まり、特に夕方から夜にかけてのピーク時に、六甲山系からの河川氾濫や土砂災害が市街地を襲いました。過去の災害を教訓に砂防工事などが進められていましたが、死者77名、全壊・流出家屋361戸、浸水被害が37000戸以上と、被害は甚大でした。六甲山系では約2500箇所で土砂崩れが発生し、最大で1m規模の濁流が市街地を流れる鉄砲水となりました。特に中央区の葺合町にある世継山での大規模な崩落では、土砂が市街地を襲い21名が犠牲となるなど、各地で生き埋めによる被害が多発しました。六甲ケーブル下駅が埋没するなど、交通網も寸断されました。

災害からの教訓

昭和42年7月豪雨は、特に都市近郊の山地における急傾斜地の崩壊がもたらす危険性を改めて浮き彫りにしました。この災害を重要な契機として、国は1969年（昭和44年）に「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」、通称「急傾斜地法」を制定しました。これは、土砂災害対策における重要な一歩となりました。この豪雨災害の経験は、その後の日本の国土保全や防災対策、都市計画において、急傾斜地における安全対策の必要性を強く認識させる教訓として今に活かされています。

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