書店員ミチルの身の上話

書店員ミチルの身の上話

『書店員ミチルの身の上話』は、佐藤正午による同名の小説を原作とする日本のテレビドラマシリーズです。NHK総合テレビジョンの深夜ドラマ枠「よる★ドラ」で、2013年1月8日から3月12日にかけて放送されました。全10回にわたるこのサスペンス劇は、毎回放送翌週の月曜深夜に再放送も行われました。

物語は、ごく普通の書店員として長崎で働く古川ミチルを主人公に据えています。彼女の単調な日常は、ふとしたことから2億円という高額の宝くじ当選券を手にすることによって一変します。この幸運と思われた出来事が引き金となり、ミチル自身、そして彼女を取り巻く人々の運命が大きく歪み始める様を描写。特に、ミチルの夫と名乗る人物が、妻の過去を語るという独特の視点で進行していくスタイルが特徴です。

制作体制と背景

本作は、テレビマンユニオンに所属する合津直枝が、演出、脚本、そしてプロデュースの三役を一人で担うという、国内ではあまり例を見ない制作体制で臨まれました。放送は2013年ですが、実際の撮影は前年の2012年10月から開始され、11月20日にはクランクアップを迎えています。撮影は長崎県を主要な舞台としつつ、東京都、さらには京都の東寺、智積院、無鄰菴といった歴史ある場所でもロケーションが行われました。

ドラマ化にあたっては、原作の骨子を大切にしながらも、登場人物の関係性において竹井輝夫の叔母が沢田早苗であるといった、ドラマオリジナルの設定も巧みに加えられています。

主演の戸田恵梨香は、合津直枝からの企画書を読み、その内容に強く惹かれて即座に出演を決断したといいます。役柄にリアリティを持たせるため、それまでロングヘアだった髪を原作単行本の表紙絵に寄せたショートボブにカット。さらに、役のイメージに合わせて「1食1合のご飯」を食べるなどしてふっくらとした印象を出したり、衣装のアイデアを提案するなど、キャラクター像の構築に積極的に関わりました。彼女はまた、この作品を通じて「芝居ではないような芝居」を目指したい、という意欲的な姿勢を示していました。

なお、「よる★ドラ」枠は本作の終了後、新たな作品が制作されなかったため、事実上廃止されたと見られています。このため、本作がこの放送枠における最後の作品となった可能性が高いとされています。

あらすじ

長崎の書店で働く古川ミチルは、恋人の上林久太郎がいますが、東京から来る出版社の営業担当・豊増一樹と不倫関係にありました。ある日、ミチルは同僚の協力で仕事を抜け出し豊増を見送りに行き、その途中で同僚に頼まれた宝くじを購入します。しかし、豊増との別れを惜しんだミチルは、衝動的に彼と共に東京行きの飛行機に乗ってしまいます。すぐに長崎へ戻るつもりだったミチルですが、寝坊して帰りの便に乗り遅れたことから帰省の意欲を失い、家族や同僚に嘘をついて東京に滞在。幼なじみの竹井輝夫の部屋に身を寄せつつ、豊増との関係を続けます。

ミチルの無断家出に怒った父親は彼女の銀行口座の金を全て引き出し、「兵糧攻め」を仕掛けます。金銭的に困窮する中、ミチルは頼まれて買った宝くじの中に2億円の当選券があることを知ります。衝動的に、予備で買っていたもう一枚の当選券を自分のものとしてしまいます。当選金の受け取り方法に関する冊子に従い、誰にも秘密で東京での新たな生活を始めようとしますが、引越しを手伝った竹井の後輩・高倉恵利香と共にいるところに、長崎から来た久太郎が現れます。久太郎はミチルの不倫を責めつつも連れ戻そうとしますが、彼を庇った恵利香がフライパンで殴打。久太郎は頭部を打ち付け、動かなくなってしまいます。現場に駆けつけた竹井は久太郎の死を悟り、警察を呼ぼうとするミチルを制止して、恵利香と共に遺体を運び去ります。竹井の指示で、久太郎が訪ねてこなかったことにして口裏を合わせるミチルは、罪の意識に苛まれます。その頃長崎では、町から2億円の当選者が出たことが話題となり、豊増のもう一人の不倫相手である立石武子（タテブー）は、ミチルが当選金を手にしたのではないかと疑念を抱きます。

一方、豊増は会社の金を使い込んで解雇され、追い詰められてミチルの元へ現れます。自らの破滅はミチルが原因だと訴える豊増に、ミチルは金を渡す代わりに別れを告げます。その後、久太郎殺害の罪に苦しむ恵利香は、竹井への恐怖をミチルに漏らした後、自殺してしまいます。恵利香の遺品から豊増のメモを見つけたミチルは、竹井が豊増にも接触していたことを知り、豊増の失踪も竹井による犯行ではないかと疑念を深めます。祖母の葬儀で長崎に戻った竹井は、ミチルが2億円を横取りしたと噂を広めるタテブーを見かけます。東京に戻った竹井を問い詰めるミチルに対し、竹井は殺害を否定せず、宝くじの件も知っていると明かし、ミチルと自分のためなら何でもすると告げます。その異常な執着に恐怖を感じたミチルは、衝動的に竹井の頭部をフライパンで殴り、逃走します。

ミチルは自分を追って上京した初山に会いますが、罪悪感から全てを打ち明けられません。街でタテブーを見かけたミチルは、逃れるように長距離バスで放浪の旅に出ます。旅先で出会った親切な老夫婦との交流を通じて心を動かされたミチルは長崎に戻りますが、父親に声をかけられずに立ち去ります。初山からタテブー失踪を知らされ、竹井がまだ生きていて殺人を重ねている可能性に震えるミチルは、バスターミナルで後の夫となる香月憲剛と出会います。香月はミチルを母の営む食堂兼旅館に泊まらせ、やがてミチルはそこで働くようになります。竹井はミチルの居場所を突き止め電話をかけてきますが、香月はミチルの全てを受け入れ、竹井から彼女を守ることを誓います。

ミチルと香月は結婚し、子供を授かります。幸せな日々を送る二人の元に竹井が現れ、香月の過去の罪（前妻の殺害と遺棄）を暴露します。香月は、ミチルを竹井の異常な執着から守るため、自らの罪を公にし、竹井とミチルを死体遺棄罪で告発することを決断します。ミチルは、お腹の子供と共に教会で祈りながら、香月の帰りを待ち続けます。

主要な登場人物

古川 ミチル: 戸田恵梨香が演じる主人公。平凡な書店員だったが、宝くじ当選を機に数奇な運命をたどる。
竹井 輝夫: 高良健吾が演じるミチルの幼なじみ。幼い頃からミチルを一途に想い続けるが、その愛情は次第に歪んだものとなる。
上林 久太郎: 柄本佑が演じるミチルの恋人。良家の跡取り息子だが、どこか抜けている。ミチルの不倫に気付かず、悲劇的な結末を迎える。
豊増 一樹: 新井浩文が演じるミチルの不倫相手。女性関係が派手で、会社の金を使い込む。彼の破滅がミチルの運命をさらに暗転させる。
高倉 恵利香: 寺島咲が演じる竹井の後輩。久太郎殺害に関与し、罪の意識と竹井への恐怖から追い詰められていく。
香月 憲剛: 大森南朋が語りとして登場し、最終話でミチルの夫となる人物。過去に罪を犯しているが、ミチルを深く愛し、守ろうとする。
初山 春子: 安藤サクラが演じるミチルの同僚で友人。ミチルを心配し、彼女の行動を見守る。
立石 武子（タテブー）: 濱田マリが演じるミチルの先輩。豊増とも不倫関係にあり、ミチルに嫉妬し、宝くじ当選の噂を広める。
* 沢田 早苗: 浅田美代子が演じるミチルの上司。竹井の叔母にあたる。

評価

本作は放送当時、多くの専門家から高い評価を受けました。脚本家の大石静は、合津直枝による企画、脚本、演出のすべてが「見事」だと絶賛し、主演の戸田恵梨香の演技も「演技賞もの」と称賛しました。ノンフィクション作家の山下柚実も、一見あり得ない設定にもかかわらず、巧みな俳優の配置、説明的なセリフを排した演出、そしてロケーションやセット選びの的確さによる「映画的」な映像センスによって、視聴者を物語に強く引き込むリアリティが生まれていると指摘。2013年1月期ドラマの中で「極私的1位」に推すほど高く評価しました。また、ライターの吉田潮は、不倫相手の男性や、おとなしいと思っていた恋人に二股をかけられるなど、男性登場人物たちが直面する「痛い現実」が連続することに言及。これを「有事の際の対処法」のイメージトレーニングとして、特にビジネスマン層の男性に視聴を勧めるなど、様々な視点からの論評がなされました。

本作は、宝くじという「幸運の象徴」が、人間の欲望や弱さを浮き彫りにし、予測不能な悲劇へと連鎖していく様を冷徹かつ情感豊かに描き出した作品と言えるでしょう。主人公ミチルの流転の人生を通して、普遍的な人間の業や社会の暗部を問いかける、記憶に残るドラマとなりました。

関連商品として、本作のBlu-ray BOXおよびDVD-BOXが2013年7月17日にリリースされています。劇中では、松任谷由実の楽曲「真夏の夜の夢」が、ミチルと竹井の思い出の曲として効果的に使用されています。

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