月遅れ

月遅れ（つきおくれ）

月遅れとは、日本で古くから伝わる年中行事を、現在の太陽暦（グレゴリオ暦、通称「新暦」）に基づいて行う際に採用される日付の扱い方の一つです。その目的は、行事が本来持っていた季節感を可能な限り維持することにあります。

日本の年中行事の多くは、かつて使われていた太陰太陽暦である「旧暦」に基づいて日付が定められていました。旧暦は月の満ち欠けを基準としつつ、季節とのずれを補正するうるう月を持つ複雑な暦でした。これを単純に新暦の同じ日付に移行すると、季節が本来よりおよそ1ヶ月早まってしまいます。例えば、旧暦の7月15日といえば、真夏の盛りが過ぎてお盆を迎える時期でしたが、新暦の7月15日ではまだ梅雨明け前だったり、夏本番に入ったばかりだったりします。

このような季節のずれは、稲作をはじめとする農作業の時期と行事が重なって不都合が生じたり、行事そのものが持つ意味（特定の季節の自然現象に関連するなど）が薄れてしまったりする原因となります。そこで、旧暦における行事の日付を、新暦において約1ヶ月（概ね28日から31日）遅らせることで、旧暦時代の季節感になるべく近づけようという工夫が生まれました。これが月遅れです。

月遅れが最も広く知られている例は、お盆でしょう。旧暦の7月15日に行われていたお盆は、現在では多くの地域で月遅れの8月15日を中心に営まれており、この時期は多くの企業や団体で夏休み、「お盆休み」として定着しています。また、旧暦の6月末日に行われる夏の厄払い「夏越の祓（なごしのはらえ）」も、民間では月遅れの7月31日に行われるケースが少なくありません。さらに、伊勢神宮で行われる神嘗祭（かんなめさい）も、旧暦9月17日から改暦に伴い新暦9月17日へ一度変更されましたが、稲の生育時期に合わないことから、早期に月遅れの10月17日へと再変更された経緯があります。

一方、すべての行事で月遅れが採用されているわけではありません。五節句など、日付そのものに特別な意味や由来がある行事では、月遅れを用いずに新暦の同じ日付で行われることが一般的です。例えば、端午の節句に飾るこいのぼりは、本来旧暦の5月（梅雨時期）に雨の中を鯉が滝を登る「登竜門」の故事になぞらえて、立身出世を願うものでした。しかし、新暦の5月は梅雨時期ではなく、この季節感は失われています。七夕も、本来は梅雨が明けた旧暦の7月7日に行われる、お盆直前の行事でした。新暦の7月7日は梅雨の最中であることが多く、本来の星祭りの雰囲気が難しい場合があります。ただし、例外もあり、仙台七夕のように月遅れの8月6日から8日に開催される大きな祭りもありますし、桃の節句（上巳）を桃の開花時期に合わせて月遅れの4月3日に行う地方も見られます。また、正月なども、日本では新暦の1月1日に行うのが一般的で、旧暦の正月（旧正月）を盛大に行うのは沖縄など一部地域に限られています。

月遅れの行事を「旧盆」のように「旧○○」と呼んで、旧暦の日付と混同されることがありますが、月遅れの日付は旧暦の日付と完全に一致するわけではありません。旧暦の日付は新暦では概ね19日から51日後の間に来ますが、月遅れは単に1ヶ月遅らせているため、日付のずれ方は異なります。

この新暦と旧暦の日付のずれは、太陽暦と太陰太陽暦の違いそのものよりも、一年、特に正月を定める基準の違いに大きく起因します。新暦では春分の日を基準に年初が決まるのに対し、旧暦では雨水（立春の約15日後）を含む月を正月とし、その月の新月が元日となるため、新暦の1月1日と旧暦の1月1日の間には大きな隔たりが生じます。他の日付も同様にずれるため、新暦の日付からまる1ヶ月遅らせた日付が、旧暦の同じ日付とほぼ同じ季節感の中に収まることが多いのです。

月遅れは、暦が変わっても日本の伝統的な年中行事の季節感を次世代に伝えるための知恵として、今日まで多くの場面で受け継がれています。

関連項目

旧暦
新暦
* 五月晴れ

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