有人軌道実験室

有人軌道実験室 (MOL)

Manned Orbital Laboratory（MOL、マンデッド・オービタル・ラボラトリー）計画は、冷戦期のアメリカ合衆国において、国防総省の一部門である空軍が推進した先進的な宇宙開発構想の一つです。

この計画は、既存のジェミニ計画の技術を発展させる形で提案され、軍事目的のための有人宇宙ステーション、すなわち「有人軌道実験室」を地球周回軌道上に展開することを目指していました。その主な任務は、軌道上からの情報収集、特に敵国の偵察活動を遂行することにありました。偵察衛星としては「KH-10」というコードネームも付与されていました。

アメリカ空軍は、ソビエト連邦との宇宙開発競争において、宇宙空間の軍事的利用の可能性を深く追求していました。その一環として、1960年代初頭にはいくつかの計画が進められましたが、1963年1月には有人軌道展開システム（MODS）が、同年12月には宇宙往還機計画であるX-20ダイナソアが相次いで中止となりました。これらの計画の挫折を受け、その直後からMOL計画の開発が本格的に開始されました。

MOL計画の基幹となる宇宙機システムは、改造されたジェミニ宇宙船である「ジェミニB」と、軌道上の活動拠点となるMOL本体とで構成されていました。MOL本体は、大型のタイタンロケットの燃料タンクを改造して実験室として利用する設計であり、その先端部分にジェミニB宇宙船が接続される構造となっていました。打上げには、強力なタイタン3Mロケットが使用され、MOL本体とジェミニBが一つの機体として宇宙へ運ばれる計画でした。

ジェミニBは、NASAが開発したジェミニ宇宙船を軍事用途に合わせて改良したものです。基本的な構造はオリジナルのジェミニ宇宙船と同様に2名乗りでしたが、大きな違いとして、ジェミニBの底部にはMOL本体へ移動するための通路が設けられていました。乗員はジェミニBで軌道に到達した後、この通路を通ってMOL内部へ移り、最長で30日間にわたり軌道上での任務を遂行することが構想されていました。MOL内部には、高解像度のカメラやレーダーなどの偵察機器が搭載され、地上の軍事施設などを詳細に観測することが計画されていました。任務完了後、乗員は再びジェミニBに戻り、MOL本体から切り離されて地球へ帰還する手順となっていました。

計画の実現に向け、1965年にはMOLに搭乗する宇宙飛行士の選抜が開始され、1967年までに合計17名のエリートパイロットたちが選ばれました。また、開発過程では重要な打上げ試験も実施されました。1966年11月3日に行われたこの試験では、既に1965年に無人飛行試験を終え回収されていたジェミニ2号宇宙船を再利用し、タイタンIIICロケットの先端に、MOL本体の形状と重量を模した改造燃料タンクとジェミニ2号を取り付けて打上げられました。この試験の主目的は、MOLのような細長く重い機体が、打上げ時に受ける空気力学的な影響や振動などを調査することでした。ケープカナベラル空軍基地のLC-40発射台から打上げられた機体は、弾道飛行を行った後、大西洋のアセンション島近海に着水し、事前に待機していた揚陸艦ラ・サールによって無事回収されました。

当初の計画では、1970年からジェミニB宇宙船の試験打上げを開始し、1972年からの本格的な運用開始を目指していました。打上げ場所としては、ケープカナベラルに加え、西海岸のヴァンデンバーグ空軍基地からの打上げも構想されていました。

しかし、計画は最終的に完成には至りませんでした。MOL計画が進行する一方で、無人偵察衛星の技術が急速に進歩したためです。高性能なカメラやセンサーを搭載した無人衛星が、有人宇宙ステーションによる偵察よりも費用対効果が高く、政治的なリスクも少ないと考えられた結果、1969年にMOL/ジェミニB計画は開発中止の決定が下されました。

計画中止後、製作されていたジェミニB宇宙船の試験機は、現在もオハイオ州ライト・パターソン空軍基地にある国立アメリカ空軍博物館に保管・展示されており、幻に終わった有人軍事宇宙計画の貴重な遺産としてその姿を見ることができます。

また、長らく機密扱いとされてきたMOL計画に関する多くの情報が、計画中止から時を経て公開されました。2015年10月22日には、アメリカ国家偵察局（NRO）がMOLに関する大量の文書や写真などの機密指定を解除し、計画の全貌の一部が一般に公開され、その詳細を知ることが可能となりました。

もう一度検索