服部譲次

服部 譲次（はっとり じょうじ、1893年〈明治26年〉11月8日生 - 没年不詳）は、日本の近代航空史において重要な役割を果たした航空技術者です。三菱重工業株式会社の名古屋航空機製作所で技術部門の要職を歴任し、特に第二次世界大戦前の日本の航空機開発を技術面から主導しました。

愛知県名古屋市で育ち、地元の愛知県立熱田中学校（現在の愛知県立瑞陵高等学校）に進学。その後、第八高等学校を経て、1918年に東京帝国大学工科大学を卒業しました。大学卒業後、服部氏は当時の日本の主要企業であった三菱造船に入社し、まずは神戸造船所に配属されました。

1920年、三菱造船が航空機製造に乗り出すにあたり、名古屋に設立された名古屋航空機製作所へ異動します。日本の航空技術がまだ揺籃期にあったこの頃、服部氏は先進技術を学ぶため、1921年から約3年間ドイツへ出張しました。ヨーロッパでの経験を経て1924年に帰国すると、名古屋航空機製作所にて設計課および研究課の課長に就任（1923年より）。技術部門の中心人物として、日本の航空機開発を牽引する立場となります。

その後、三菱造船が三菱重工業へと改組される中で、服部氏は名古屋航空機製作所の技術部部長などを歴任。この重要な役職において、彼は後に日本の航空史に名を刻むことになる二人の優れた技術者、佐野栄太郎氏と堀越二郎氏の才能を見出し、彼らを要職に抜擢し、その革新的な設計を全面的に支援するという、技術指導者としての卓越した手腕を発揮しました。

特に、零式水上観測機の開発では、当時の三菱重工業には水上機の開発経験がほとんどないという困難な状況下にもかかわらず、服部氏は若手であった佐野氏を設計主任に抜擢しました。経験不足を補うため、服部氏は佐野氏と開発チームを熱心にバックアップし、技術的な課題解決を支援。その結果、零式水上観測機は見事に制式採用されるに至りました。

続いて、日本初の本格的な近代戦闘機となる七試艦上戦闘機の開発においても、服部氏は当時まだ若手であった堀越二郎氏を設計主任に据えるという大胆な人事を行います。堀越氏が提示する、従来の常識にとらわれない独創的な設計思想を理解し、その実現を強く後押ししました。九六式艦上戦闘機の開発でも、引き続き堀越氏を設計主任に据え、革新的な逆ガル翼などの設計を採用した堀越氏のアイデアを全面的に支持し、技術的な困難に共に立ち向かいました。服部氏の強力なバックアップがあったからこそ、九六式艦上戦闘機は日本独自設計の高性能機として完成し、その後の日本の航空技術の礎を築くことができたと言えるでしょう。

第二次世界大戦終結後も、服部氏は三菱グループ内で技術者・経営者として活躍を続けました。1946年には名古屋機器製作所長、1949年には名古屋製作所長に就任。その後、新三菱重工業の専務取締役も務め、戦後の復興期における日本の産業技術の再建にも貢献しました。

服部氏の家族もまた、日本の技術史に関わる人々でした。父の服部勤氏は著名な鉄道車両技師であり、工部省鉄道寮でジョン・イングランド氏の下で測量や製図に従事し、建築・車両部品の買い付けなども担当。さらに、フレデリック・ライト氏やリチャード・フランシス・トレビシック氏といったお雇い外国人から機関車・車両製造技術を学び、最終的には日本車輌製造の取締役兼技師長を務めた人物です。妻の満子氏は、著名な科学者である櫻井錠五氏の五女でした。服部氏には長女の倭文子氏（1927年生）と長男の寛氏（1928年生）がいました。

人物像として特筆されるのは、部下に対する深い信頼と、自身の功績に対する謙虚さです。1940年にニッポン記念長尾航空技術奨励金を受賞した際、服部氏は自身の長年にわたる航空機開発への貢献について、それは自身の功労ではなく、優秀な同僚や部下たちのおかげであると述べました。そして、この栄誉は自分個人だけのものではなく、共に開発に携わった設計課全体の努力に対するものであるとコメントしています。この姿勢は、彼が単なる技術者であるだけでなく、優れた組織のリーダーであったことを示しています。

服部譲次氏は、日本の航空技術の黎明期から発展期にかけて、卓越した技術的知見と人間的なリーダーシップを発揮し、特に才能ある若手技術者を見出し育成することで、日本の航空史において非常に重要な役割を果たした人物です。

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