朝のガスパール

『朝のガスパール』について

『朝のガスパール』は、筒井康隆が1991年から1992年にかけて『朝日新聞』朝刊に連載した長編小説です。本作は、新聞連載という形式を最大限に利用し、読者からの投書やパソコン通信のBBSへの投稿を物語に取り込むという、当時としては非常に実験的な手法が用いられました。この試みは、単なる読者参加企画にとどまらず、作中に作者を模した小説家が登場し、読者の意見を批評したり、時には激しく罵倒したりするなど、筒井独特のメタフィクションの世界が展開されました。

ストーリーの概要

物語は、オンラインゲーム「まぼろしの遊撃隊」に熱中する金剛商事の常務・貴野原征三と、株のオンライントレードで多重債務を抱える妻・聡子を中心に展開します。一方、この小説を新聞に連載している作家・櫟沢は、読者からの投書とBBSへの投稿に翻弄されながら、物語を紡いでいきます。読者の意見は、セレブパーティを描いてほしいという投書と、SF的な展開を望むBBSの投稿に二分され、櫟沢は板挟みの状態に陥ります。また、物語の進行に合わせて、「まぼろしの遊撃隊」のゲーム内容も変化し、当初は知的だったものが、後半では単なる撃ち合いゲームへと変貌していきます。多重債務に苦しむ聡子は、ゲームの世界に救いを求め、ゲーム内の征三の分身である深江と出会います。物語は、最終的に現実世界とゲーム世界が交錯し、企業舎弟たちとの銃撃戦へと発展します。

複雑な構造

この小説には、複数の世界が重層的に存在しています。オンラインゲーム「まぼろしの遊撃隊」の世界、ゲームに熱中する主人公たちの世界、小説家とその編集者の世界、読者の投書やBBSの世界、そして現実の読者の世界です。これらの世界が互いに影響し合い、複雑な物語が展開されます。

メタフィクションと読者参加

『朝のガスパール』の最大の特徴は、メタフィクションの手法と読者参加型の要素です。作中の小説家が読者の意見に振り回される様子や、BBSでの読者のやり取りがそのまま物語に反映されるなど、虚構と現実の境界が曖昧になります。また、当時のインターネット黎明期において、BBSでの「荒らし」「アスキーアート」「炎上」といった現象を先取りしていた点も、本作の特筆すべき点です。

作品の意義

『朝のガスパール』は、単なる小説としてだけでなく、メディアと読者の関係性、インターネット社会の到来を予見した作品としても高く評価されています。1992年には日本SF大賞を受賞し、筒井康隆の代表作の一つとして、今もなお多くの読者を魅了し続けています。

登場人物

櫟沢（くぬぎざわ）: 作中の小説家。
澱口（おりぐち）: 新聞記者。
貴野原征三（きのはら　せいぞう）: 金剛商事常務。「まぼろしの遊撃隊」のプレイヤー。
聡子: 征三の妻。株のオンライントレードで多重債務を抱える。
深江: 「まぼろしの遊撃隊」の登場人物。征三の分身。

その他の要素

劇中劇: 作中には、登場人物がプレイするオンラインゲーム「まぼろしの遊撃隊」という劇中劇が存在します。
第四の壁: この作品では、読者からのフィードバックが物語に直接影響を与えることで、第四の壁を破る試みが行われています。
ユーザー生成コンテンツ: 読者の投稿やBBSの書き込みが物語の展開に影響を与えるという点で、ユーザー生成コンテンツの先駆けとも言えます。


『朝のガスパール』は、筒井康隆の実験精神とメタフィクションへの深い洞察が凝縮された、他に類を見ない独創的な作品です。

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