朝川善庵

朝川善庵（あさかわ ぜんあん）は、天明元年（1781年）に生まれ、嘉永2年（1849年）に没した江戸時代後期の儒学者です。本姓は片山、名は鼎（かなえ）、字は五鼎（ごてい）。中根香亭（なかねこうてい）は外祖父にあたります。後に朝川同斎（あさかわどうさい）を養子として迎えました。

生涯

朝川善庵は、服部南郭（はっとりなんかく）の門人であった片山兼山（かたやまけんざん）の三男として生まれました。兼山が中年で亡くなった後、母親が再婚した医師・朝川黙翁（あさかわもくおう）に養育されます。12歳で折衷派の儒者・山本北山（やまもとほくざん）に入門し、儒学を学び始めました。養父である黙翁に連れられて京都や摂津を遊歴、見聞を広めます。寛政10年（1798年）には、長崎鎮台の肥田豊州（ひだとよくに）に従い、長崎・薩摩を訪れました。この地で善庵の博学と才識が広く知られるようになります。

平戸藩主・松浦静山（まつうらしずやま）をはじめ、津藩主・藤堂高兌（とうどうたかとみ）や大村藩主・大村純昌（おおむらすみまさ）など、多くの大名が善庵の門人となりました。その後、江戸本所の小泉町に私塾を開き、経義（儒教の経典の解釈）に精通していることで、当時名声を得ていた佐藤一斎（さとういっさい）と並び称されるようになりました。

文化11年（1814年）には、養父・黙翁が臨終の際に、自身が片山兼山の実子であることを明かし、本姓に復するよう遺言しました。しかし、善庵はこれまでの養育の恩に報いるため、終生「朝川」の姓を名乗り続けました。

文化12年（1815年）には、伊豆に清国船が漂着した際、韮山代官（にらやまだいかん）であった江川英龍（えがわひでたつ）に依頼され、清国人と筆談を行い、事態の収拾に尽力しました。弘化3年（1846年）には、学問上の業績が幕府から表彰され、12代将軍・徳川家慶（とくがわいえよし）に謁見を賜るという栄誉に浴しました。松浦静山の要請に応じ、平戸藩の儒官となり、藩の機密事項にも参与しました。

嘉永元年（1848年）の冬に病に倒れ、翌嘉永2年（1849年）に69歳で亡くなりました。墓所は葛飾郡小梅村の常泉寺（現在の東京都墨田区向島）にあります。門人たちは善庵の学徳を偲び、諡（おくりな）として學古先生（がっこうせんせい）を贈りました。

大正4年（1915年）には、その功績が認められ、正五位が追贈されました。

著作

朝川善庵は、生涯にわたり多数の著作を著しました。主なものとして、以下が挙げられます。

『周易愚説』2巻
『易説家伝旧聞』4巻
『詩書困知説』6巻
『左伝諸注補考』8巻
『論語漢説発揮』10巻
『孝経六書』
『大学原本釈義』
『荀子箋釈』8巻
『仁義略説』
『学古塾規式』
『分田備考』3巻
『田園地方紀原』3巻
『鄭将軍成功伝』
『刪定紀効新書』6巻
『下田紀事』4巻
『善庵随筆』2巻
『善庵文鈔』8巻
『善庵詩鈔』2巻
* 『楽我室遺稿』4巻（『崇文叢書』に収録）

これらの著作は、善庵の学問的探求の深さと、幅広い知識、そして後世への影響を示す貴重な資料となっています。

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