木村まり

木村 まり

木村 まり（きむら まり、1962年 - ）は、日本の現代音楽を代表するヴァイオリニストであり、作曲家です。現在、アメリカ合衆国に拠点を置いて活動しています。早稲田大学理工学総合研究センターやジュリアード音楽院でも研究・指導に携わるなど、多岐にわたる分野で活躍しています。

特に、ヴァイオリンの従来の調弦を変えることなく、G線から1オクターブ低い音を引き出す独自の演奏技法「サブ・ハーモニック奏法」を確立したことで国際的に注目を集めました。彼女はこの革新的なテクニックを駆使した作曲や演奏を数多く発表しています。

生い立ちと教育

木村まりは、アカデミックな家庭環境に育ちました。父は早稲田大学名誉教授でソーラー・エネルギー開発の先駆者である木村建一、母は労働法や国際労働機関（ILO）の専門家で東京家政大学および日本女子大学の元教授、木村愛子です。また、画家の木村佳代子は従姉妹にあたります。

3歳でピアノを、5歳でヴァイオリンの手ほどきを受けました。桐朋学園子供のための音楽教室、桐朋学園高校、そして同大学でヴァイオリンを専攻し、高名な江藤俊哉に師事しました。その後、さらなる研鑽のために渡米。ボストン大学で修士号を、ジュリアード音楽院で博士号を取得しました。ジュリアードではヴァイオリンをロマン・トーテンベルクやジョセフ・フックスに師事しています。さらに、コロンビア大学で建築音響工学と作曲をマリオ・ダビドフスキーのもとで学び、スタンフォード大学コンピューター音楽研究所（CCRMA）には客員研究員として招かれるなど、音楽以外の分野や最新テクノロジーにも深く関心を寄せました。

国際的なキャリア

1994年、ニューヨークで行われたデビューリサイタルは、「ニューヨーク・タイムズ」紙によって「瞠目すべきデビュー、時代の先端を弾くヴィルトゥオーソ」と絶賛され、彼女のキャリアを本格的に始動させました。以来、ニューヨークを代表する現代ヴァイオリニストの一人として活動を展開しています。

活動の主な舞台は欧米ですが、国際現代音楽祭（ISCM）、ハンガリーの国際バルトーク祭、ブダペストの春音楽祭、サンフランシスコのOther Minds音楽祭、メキシコの国際セルバンティーノ音楽祭、国際電子音楽祭（ISEA）など、世界各地の主要な音楽祭に招かれ、20カ国以上でヴァイオリンとコンピューターのための自作曲などを演奏しています。

日本においても、岩城宏之指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢とのリゲティのヴァイオリン協奏曲、大野和士指揮の東京フィルハーモニー交響楽団とのヒルボルクのヴァイオリン協奏曲日本初演、井上道義指揮の東京交響楽団とのジョン・アダムズのヴァイオリン協奏曲日本初演など、重要な現代作品を国内のオーケストラと共演し、紹介してきました。2007年には、サントリーホールでジャン・クロード・リセのヴァイオリン協奏曲を秋山和慶指揮の東京交響楽団と世界初演し、自作のサブハーモニクスカデンツァを披露しています。

革新的な奏法と多様な表現

木村まりの最も特筆すべき功績の一つは、ヴァイオリンの新たな可能性を開拓した「サブ・ハーモニック奏法」です。この技術は音楽界に大きな話題を呼び、作曲家の一柳慧から「大型ヴァイオリニストの誕生」と称賛されました。また、1995年にはアメリカ音響学会（ASA）に招待され発表するなど、科学界からもその独自性に注目が集まりました。

彼女の音楽スタイルは、伝統的なヴァイオリン演奏の枠にとどまりません。コンピュータ音楽にも深い造詣を持ち、コンピュータ制御された自動ピアノや音響とヴァイオリンを組み合わせた作品を多数発表しています。これは、単に古典的なコンチェルトを演奏するヴァイオリニストとは一線を画すものです。

さらに、即興演奏家としても国際的に高い評価を得ています。ギタリストのヘンリー・カイザーは彼女を「この銀河系外の演奏家」「今までの共演者の中でも最高の即興演奏家」と絶賛しました。カナダのFIMA音楽祭、フランスのムジーク・アクシオン祭、ロンドンのLMC音楽祭など、世界の主要な即興演奏イベントで活躍し、ヘンリー・カイザー、ジョン・オズワルド、ジム・オルークらとの即興アルバムもリリースしています。

教育・研究活動

演奏・作曲活動と並行して、教育者・研究者としても精力的に活動しています。ジュリアード音楽院でインタラクティブコンピューター音楽演奏の講師を務め、早稲田大学理工学総合研究センターでは音響情報処理研究室の研究員を務めました。2013年からは、米国メイン州で開催されるアトランティック音楽祭において、IRCAM（フランス国立音響音楽研究所）と連携し、高度なクラシック演奏家とテクノロジーを結びつける「フューチャー・ミュージック・ラボ」を開設し、その監督を務めるなど、次世代の音楽家の育成にも力を入れています。

近年は、パリのIRCAMとの共同研究「拡張バイオリン」に注力しています。これは、ヴァイオリンの弓の動きから音楽表現を抽出するシステムを用いたもので、この研究成果を演奏や作曲に応用しています。

受賞歴

木村まりは、その革新的な活動に対して数々の権威ある賞を受賞しています。アメリカ現代音楽協会（ISCM）リサイタル賞、1996年には「ヴァイオリニストとしての創造的活動」に対し中島健蔵音楽賞を受賞しました。国際コンピューター音楽祭（ICMC）では、1995年、1997年、2000年に音楽部門の審査員を務め、2000年には作曲家としてICMC委嘱賞を受賞しています。2002年には作品「ALT」がISCM香港大会に入選しました。音楽ロボット「ギターボット」とのプロジェクトにより、2004年にはニューヨーク州芸術評議会から助成金を得ています。2006年度にはニューヨーク芸術基金（NYFA)賞を受賞しました。2010年には作曲家としてグッゲンハイム・フェローシップ、パリのIRCAMレジデント作曲家に選ばれ、ハーバード大学のフロム基金からも作曲委嘱賞を授与されました。2011年には、カーネギー財団による「アメリカの誇る外国人」の一人に、日本人としては唯一選出され、「ニューヨーク・タイムズ」紙にその功績が掲載されています。

自身のアルバムとしては、電子音楽とヴァイオリンのための「ポリトピア」や、サブハーモニクスやコンピューター音楽を収録した「G線下の世界を超えて」（The World Below G and Beyond）などがあります。

木村まりは、ヴァイオリンの伝統的な技術を超え、最新のテクノロジーや即興を取り入れることで、常に新しい音楽表現を追求し続ける、現代音楽界における重要な存在です。

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