杉江ぎん

杉江 ぎん

杉江 ぎん（すぎえ ぎん、1898年2月28日 - 1991年3月23日）は、日本の卓越した帯仕立て職人です。彼女の最大の功績は、現代において最も広く普及している帯の一つである「名古屋帯」を創案したことにあります。

生い立ちと職人への道

1898年、愛知県に生まれた杉江ぎんは、幼少期から針仕事に類稀なる才能を示しました。わずか12歳で本格的に針の道を志し、着物、羽織、袴といった、様々な和装品の縫製技術を習得します。その巧みな手仕事は、彼女が後に帯という、より専門的で複雑な分野に進む基盤となりました。

名古屋帯の誕生

杉江ぎんの経歴において特筆すべきは、1914年（大正3年）頃に訪れる大きな転機です。彼女は、後に夫となる杉戸重次郎氏らと共に、名古屋の地で画期的な帯の形式を考案しました。これが、現代に続く「名古屋帯」の始まりです。名古屋帯は、従来の帯に比べて構造が簡略化され、結びやすく、実用的であるという特性を持ち、瞬く間に多くの人々に受け入れられました。この帯の創案は、和装の歴史において重要な出来事であり、帯のあり方を根本から変えるものでした。

東京での活動と著作

名古屋帯の創案後、杉江ぎんは活動の場を東京に移し、日本橋に自身の帯仕立て店「帯杉本屋」を開業しました。そこで、長年培ってきた技術と名古屋帯の仕立てを追求し、多くの顧客から信頼を得ました。職人としての活動に加え、彼女はその技術と知識を後世に伝えることにも熱心でした。1969年（昭和44年）には、帯の多様な結び方を紹介する専門書『帯結び方百種』（染織美術社）を出版しました。この著作は、彼女の帯に対する深い理解と、結びの美学を示す貴重な資料となっています。

創案の証言

杉江ぎんが名古屋帯の創案者であることは、広く認められていますが、特に信頼性の高い証言として、染織研究家であり、映画監督小津安二郎の作品の衣装も担当した浦野理一氏の言葉があります。浦野氏は、『帯結び方百種』に寄せた文章の中で、杉江ぎんとは戦前から親交があったことに触れつつ、「和裁のなかでも特にむずかしい仕立の一つといわれる帯の仕立て、今日では帯の大部分を占める名古屋帯も、杉江さんの創案になるものです」と明確に記しています。この証言は、杉江ぎんの名古屋帯創案という歴史的事実を裏付ける有力な根拠となっています。

受け継がれる技

杉江ぎんが確立した帯仕立ての技術と名古屋帯の精神は、現在も受け継がれています。彼女の縁戚にあたる帯仕立て職人、杉江羽音氏は、東京・銀座で「帯のアトリエ 花邑 銀座」を営み、ぎんの技術を礎としながら、希少な更紗や縮緬などの古裂を用いた創作帯を手がけるなど、新たな帯の可能性を探求しています。また、ぎんの弟である小市氏が東京・京橋で創業した「杉本屋」（現在は株式会社杉本屋帯裁縫所として杉並区浜田山に移転）もまた、ぎんの高度な技能を受け継ぎ、現代においても伝統的な帯仕立てを行っています。

杉江ぎんは、一人の帯仕立て職人としてだけでなく、名古屋帯という革新的な形式を生み出し、和装文化の発展に大きく貢献しました。彼女の残した技術と精神は、現代の帯文化の中に確かに息づいています。

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