更紗

更紗（サラサ）

更紗とは、インドを起源とする、木綿地に多色で文様を染めた布製品、およびその影響を受けてアジア、ヨーロッパなどで製作された類似の文様染め製品を指す染織工芸用語です。英語ではchintzに相当します。大航海時代にインドから各地へ広がり、日本ではインド以外の地域で製作されたものを、産地によりジャワ更紗、ペルシャ更紗、和更紗などと呼んでいます。

更紗の概要

「更紗」と呼ばれる染織工芸品は、インド更紗のほか、ジャワ更紗、ペルシャ更紗、シャム更紗など多岐にわたり、その定義は一概には определеноません。一般的には、インド風の唐草模様、樹木、人物などを手描きや蝋防染で多色に染めた木綿製品を指しますが、日本製（和更紗）には木綿ではなく絹地に染めた、友禅染に近い様式のものも存在します。

更紗の大きな特徴は、その鮮やかな色彩と異国情緒あふれる文様、そして木綿という素材を使用し、「織り」ではなく「染め」で文様を表現している点です。日本の染織工芸史を振り返ると、正倉院宝物の染織品には絞り染め、板締め染め、蝋防染などを用いた染め文様が多く見られますが、平安時代から中世末にかけては「織り」による文様表現が主流でした。更紗の渡来によって「染め」の文様表現が再び盛んになり、後の友禅染などの隆盛につながりました。また、「異国風」の文様表現に加え、素材としての木綿も当時の日本では目新しいものでした。

木綿は799年に三河国へ漂着した「崑崙人」によってもたらされたものの、栽培方法が不明で一度は途絶えてしまいます。しかし、室町時代末期に再び伝来すると、その丈夫さ、保温性、吸水性の高さから衣服の素材として重宝され、江戸時代中期以降には日本各地で生産が盛んになり、広く普及しました。

日本における更紗の受容

日本では室町時代以降、明との貿易によって金襴や緞子といった高級染織品が輸入され、茶人によって「名物裂」と称され、茶道具を包む仕覆などに利用されました。インド産の更紗も同様に珍重され、茶道具の仕覆や茶杓の袋などに用いられました。更紗の日本への渡来は17世紀以降に文献で確認でき、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリスなどの貿易船によってもたらされました。特に、東インド会社を設立し、インドとの貿易が盛んだったオランダやイギリスの貿易船によるものが多かったと考えられています。「さらさ」という言葉が文献に初めて登場するのは、1613年のイギリス東インド会社司令官ジョン・セーリスの『日本来航記』です。

室町時代から近世初期にかけて日本に渡来した更紗裂は「古渡り更紗」と称され、特に珍重されました。彦根藩主井伊家には古渡り更紗の見本裂が多数伝来し、「彦根更紗」として知られています。これらの裂は現在、東京国立博物館に収蔵されており、その大部分はインド更紗です。

1778年には更紗の図案集『佐良紗便覧』が刊行され、富裕層に独占されていた更紗が広く普及し始めたことがわかります。近世の風俗図屏風には、更紗の衣装を着用した人物が描かれているものが散見されます。

更紗の語源

「さらさ」の語源には諸説あり、確定的なものはありません。インド北西部の港スラト(Surat)が語源とする説がありますが、音韻の違いから現代では支持されていません。ポルトガル語のsaraçaが語源であるという説や、16世紀末のオランダ人リンスホーテンの『東方案内記』に登場する綿布の名sarasoあるいはsarassesが語源であるという説もあります。「更紗」という漢字表記が定着したのは江戸時代末期で、それ以前には「佐良佐」「紗良紗」などと表記されていました。

各地の更紗

インド更紗

インドの染織は2,000年以上の歴史を持ちますが、現代に伝わるインド更紗はおおむね16世紀以降のものです。壁掛けや敷物などが主で、赤、白、藍、緑などの地に唐草文、樹木文、ペイズリー文などを鮮やかな色彩で表します。染料としてはアカネ、コチニール、藍などが用いられます。

ジャワ更紗

蝋防染を主とする技法で製作され、バティックの名で知られています。チャンティンと呼ばれる道具で文様を描き、藍色と茶色が特徴的です。

ペルシャ更紗

インド更紗と技法、文様ともに近く、チューリップやバラなどの洋花を多用する点が特徴です。

シャム更紗

手描きと木版押捺の技法を用い、仏や菩薩などの仏教的題材をモチーフとし、藍色を多用します。

和更紗

江戸時代後期になると日本各地で更紗の模倣品が製作されるようになり、天草更紗、長崎更紗、堺更紗、京更紗、江戸更紗などが著名です。伊勢型紙を用いた型染めなど、日本独特の技法も用いられました。素材は木綿が原則でしたが、大正時代末期頃から絹製の帯などにも染められるようになり、第二次世界大戦後には着物も作られるようになりました。

表現としての更紗

古典園芸植物である寒蘭の花色には、更紗系と呼ばれるものがあります。これは、花弁の脈を中心に赤や茶系統の色が強く発色し、地の色に対して浮き立つものを指します。

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