束松露香

束松 露香（つかまつ ろこう）

幕末に生まれ、大正期に活躍した束松露香（つかまつ ろこう）は、日本の新聞記者、俳人、そして小林一茶研究の先駆者としてその名を残しています。慶応3年（1867年）に生を受け、大正7年（1918年）1月8日に50歳で短い生涯を閉じました。本名を束松伊織といい、俳号や別号として我春堂、鳴子園、鉄牛など複数の名を用いて活動しました。

束松露香は、慶応3年（1867年）、出羽国村山郡水沢村（現在の山形県西村山郡西川町）に、父である束松隆三の長男として誕生しました。幼少期に家庭の事情により東京へ移り住み、その後、博文館や高田新聞社での勤務を経て、信濃毎日新聞社の記者となります。ジャーナリストとして筆を執る傍ら、俳句にも親しみ、独自の俳句活動を展開しました。

彼の最も特筆すべき功績は、小林一茶に関する研究です。当時、一茶の伝記や作品には不明瞭な点が少なくありませんでしたが、露香は新聞記者として培った調査力と探求心をもって、一茶の実像に迫ろうと試みました。明治33年（1900年）、信濃毎日新聞紙上にて連載を開始した『俳諧寺一茶』は、実に121回にわたる長期連載となりました。この連載は、当時の混乱した一茶伝記に新たな光を当て、資料に基づいた実証的な研究姿勢を示した点で画期的なものであり、近代的な一茶研究の基礎を築く先駆的な業績と評価されています。

研究活動と並行して、露香は一茶の顕彰と普及にも尽力しました。明治41年（1908年）には、一茶の生地である長野県上水内郡柏原村（現・信濃町）において、地元の有志である中村六郎らと共に「一茶同好会」を結成しました。同好会は、一茶の没後八十年にあたるこの年に、一茶の遺徳を偲び、その俳句を学ぶための追善俳句大会を開催するなど、精力的な活動を展開しました。また、露香は同好会を通じて、一茶に関する資料の収集、研究成果の発表、関連書籍の刊行なども積極的に行い、一茶の再評価と地域における一茶文化の振興に大きく貢献しました。

俳人としての彼の代表的な句に、「母を負うて踊って見たし盆の月」があります。この句は、一茶のような市井の視点から、素朴で情感豊かな情景を詠んでおり、露香の俳句における感性がうかがえます。

主な著作としては、自身の一茶研究の集大成ともいえる『俳諧寺一茶』（一茶同好会、1910年）、一茶の遺稿を校訂した『父の終焉日記』（岩波書店、1922年）などがあります。また、没後に出版された『束松露香の大正六年日記 : 一茶を発掘した文人の三六五日』（矢羽勝幸 校注・解説、信濃毎日新聞社、2003年）は、彼の一茶研究にかける情熱や当時の文人たちの交流を知る上で貴重な資料となっています。

束松露香は、ジャーナリストとしての鋭い視点と、研究者としての粘り強い探求心をもって、小林一茶という江戸時代の俳諧師に新たな光を当てました。彼の築いた研究の礎は、その後の多くの一茶研究者たちに引き継がれ、現在に至るまで影響を与え続けています。短い生涯ではありましたが、一茶研究史において、彼の果たした役割は極めて大きいと言えるでしょう。

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