杯細胞

杯細胞（さかずきさいぼう、英語表記では goblet cell と呼ばれます）は、体内の様々な粘膜組織に存在する、粘液を分泌する働きを持つ細胞です。一般的な腺組織は複数の細胞が集まって構成されますが、杯細胞は単独で分泌機能を担う「単細胞腺」という特殊な分類に属します。

その名前の由来は、分泌物である粘液（主にムチンという糖タンパク質）を細胞の上部に蓄積すると、細胞全体が膨らんで、あたかもワイングラスや杯のような形状に見えることからきています。分泌物を満たした状態では、細胞の上部が透明で大きく拡張し、基底部（細胞の下部）は細くくびれています。細胞核は、この大きく膨らんだ分泌物によって細胞の基底部へと押しやられ、しばしば特徴的な三角形に近い形をとることが観察されます。

杯細胞は、特に消化管や気道、そして結膜といった、外界と接する部分の粘膜に広く分布しています。例えば、小腸の絨毛においては、栄養吸収を主に行う吸収上皮細胞の間に混ざるようにして散在しています。また、鼻腔から気管、気管支へと続く呼吸器系の粘膜では、異物を排除する働きを持つ多列繊毛上皮細胞の間に入り込む形で存在しています。

さらに、眼球表面を覆う結膜の上皮にも杯細胞が見られます。結膜に存在する杯細胞は、主にムチンを豊富に含む粘液を分泌します。このムチンは、眼球の最も表面にある透明な角膜や結膜の表面に広がり、それらの親水性（水に馴染みやすい性質）を著しく高める役割を果たしています。これにより、涙液が眼の表面に均一に、そして安定して広がりやすくなり、乾燥を防ぎ、滑らかな状態を保つことができます。これは、快適な視覚と眼の健康維持にとって非常に重要です。

これらの異なる場所に存在する杯細胞が分泌する粘液（ムチン）は、それぞれの環境に応じて多様な機能を担っています。消化管では、食物の通過を助け、消化酵素や酸から上皮細胞を物理的に保護するバリアとして機能します。気道では、吸い込まれた空気中の塵や病原体などの異物を粘液層に捕捉し、繊毛の動きと連携してこれらを体外へ排出する「粘液繊毛輸送」という防御機構の要となります。結膜においては、涙液の表面張力を下げて広がりやすくし、眼の表面を常に潤った状態に保つことで、乾燥や物理的な刺激から眼を守る役割を担っています。

このように、杯細胞は、単細胞というシンプルな形態でありながら、その分泌する粘液によって、消化、呼吸、視覚といった生命活動を支える重要な器官の粘膜保護、潤滑、清浄化、そして湿潤環境の維持といった、多岐にわたる不可欠な生理機能を支えているのです。その独特な形態と、粘膜防御における中心的な役割から、組織学や生理学の研究において重要な注目を集める細胞の一つです。

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