東京ダモイ

東京ダモイ

2006年、第52回江戸川乱歩賞を受賞した鏑木蓮のデビュー作『東京ダモイ』。ロシア語で「帰還」を意味する「ダモイ」という言葉が示唆するように、この小説は、シベリア抑留という暗い過去と、現代社会に生きる人々の葛藤が複雑に絡み合った重層的な物語です。

物語は、2005年11月、京都府綾部市に住む高津という老人が、シベリア抑留時代の体験を綴った句集の出版を依頼するところから始まります。出版社の若手社員である槙野は、破格の依頼料と大々的な広告掲載という条件を受け入れ、この仕事を引き受けます。しかし、原稿を受け取りに高津の家を訪れた槙野は、高津が姿を消し、置き手紙だけが残されていることに気づきます。

その直前、舞鶴港でロシア人女性の遺体が発見されていることが判明。この女性と高津が面識があったことが明らかになり、事件は60年前のシベリア抑留時代の殺人事件へと繋がっていくのです。

物語の中心人物は、薫風堂出版の営業部社員である27歳の槙野英治。仕事を通して、高津という老人に興味を持つようになり、次第に事件に深く関わっていくことになります。彼の妹である英美は中国拳法の有段者で、兄を支え、事件解決に協力します。また、槙野の上司である朝倉晶子も、物語に重要な役割を果たします。

一方、警察側では、京都府警の巡査部長である志方育夫と、巡査長である大月学が事件の捜査にあたります。彼らは、60年前の事件の真相を解き明かすために、様々な人物に話を聞き、証拠を集めていきます。

事件の舞台となるのは、シベリア抑留の収容所。そこで起きた殺人事件の被害者は、収容所の指揮官であった鴻山隼人中尉です。彼は、日本人捕虜たちに共産主義を根づかせるための民主化に反対し、軍国主義を貫いていた人物でした。鴻山は、収容所にあるはずのない鋭利な刃物で殺害されており、その死の真相は謎に包まれています。

物語には、句会に参加していた人々も登場します。高津、田部井、谷木など、それぞれがシベリア抑留という経験を持ち、それぞれの思いを抱えています。また、舞鶴港で発見されたロシア人女性マリア・アリョーヒナも、この事件に深く関わっています。彼女の来日時の身元保証人であった鴻山秀樹は、鴻山隼人の孫であり、抑留者遺族の会「ダモイ・トウキョウ」の理事も務めています。

これらの登場人物たちが織りなす複雑な人間関係、そして60年前と現代を繋ぐ事件の真相。読者は、謎解きをしながら、シベリア抑留という過酷な歴史と、その傷跡を背負って生きる人々の生き様を深く見つめることになります。

『東京ダモイ』は、単なる推理小説の枠を超えた、人間の生と死、そして歴史と現代の繋がりを問いかける、深い余韻を残す作品です。読み終えた後、長く記憶に残る、忘れがたい一冊となるでしょう。

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