東洋大学本源氏物語

東洋大学本源氏物語：多様な写本群が織りなす物語

東洋大学図書館には、貴重な源氏物語の写本群「東洋大学本源氏物語」が所蔵されています。これは、東洋大学がかつて国文学関係の写本収集に力を入れていた成果です。現存する写本は、成立や伝来においてそれぞれ異なる特徴を持つ複数の写本から構成されており、その多様性が研究上の価値を高めています。

1. 阿仏尼本系統とされる帚木1帖

この写本は、阿仏尼筆と伝えられる帚木巻1帖のみから成ります。阿仏尼本源氏物語との関連性が指摘されており、筆跡や本文の比較を通じて、その成立過程や伝播経路を探る手がかりとなる貴重な資料です。

2. 河内本系統の写本：少女巻と玉鬘巻

少女巻と玉鬘巻の一部を合冊した写本です。玉鬘巻の冒頭から約3分の2と、少女巻の末尾部分が1帖にまとめられています。巻末には耕雲の署名と少女巻の巻名歌が記されていることが特徴です。本文系統は河内本の中でも耕雲本系統に属し、耕雲本の祖本とされる曼殊院本との関連性が示唆されています。著名な校異本には採用されていませんが、『河内本源氏物語校異集成』では重要な対校資料として扱われています。

3. 青表紙本系統の写本：鈴虫巻

室町時代の書写と推定される鈴虫巻1帖のみの写本です。江戸時代に改装されたと考えられる表紙を持ち、保存状態は良好です。一部虫食いが見られますが、本文の判読にはほとんど支障がありません。江戸時代初期から中期にかけて活躍した古筆鑑定家、川勝宗久（初代か二代かは不明）による鑑定書があり、「二条持通」筆と伝えられています。「月明莊」の印影から、古書籍商弘文莊反町茂雄の所有であったことがわかります。東洋大学は1967年以前に入手したと記録に残されています。

興味深いことに、この鈴虫巻は鶴見大学図書館所蔵の夕顔、紅葉賀、賢木3帖と同一筆写による僚巻と考えられています。いずれの写本にも朱筆による傍注が数多く見られ、当時の写本文化の一端を垣間見ることができます。本文は日本大学所蔵三条西家本と類似していますが、漢字の頻度などに若干の違いが見られるものの、物語の筋立てや表現に大きな差異はありません。三条西家本で省略されているイ本表記や、補入、ミセケチなども反映されている点が特徴です。

まとめ：多様な写本群の研究的意義

東洋大学本源氏物語は、単一の写本ではなく、異なる系統、異なる時代の写本から成る多様なコレクションです。各写本は、本文系統、書写年代、筆跡、所持者、補注など、それぞれ異なる特徴を有しており、それらの違いを詳細に比較検討することで、源氏物語の成立や伝播、写本文化、古筆鑑定の歴史といった多角的な研究が可能になります。今後の研究によって、さらに多くの知見が明らかになることが期待されます。これらの写本は、単なる古文書ではなく、日本の文学史、文化史を解き明かす上で極めて重要な資料と言えます。

参考文献

大野祐子「東洋大学図書館蔵『源氏物語』鈴虫巻について--鶴見大学図書館蔵『源氏物語』夕顔・紅葉賀・賢木巻との関係」東洋大学日本文学文化学科編『文学論藻』第82号、東洋大学文学部日本文学文化学科、2008年（平成20年）2月、pp. 136-153。

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