東洲斎写楽

東洲斎写楽：謎に包まれた天才浮世絵師

東洲斎写楽は、江戸時代後期に突如現れ、僅か10ヶ月という短い期間で数多くの浮世絵を残した謎の絵師です。その鮮烈な画風と、その後の人生にまつわる謎は、現在に至るまで多くの研究者や美術愛好家を魅了し続けています。

短くも輝かしい画業

写楽は寛政6年（1794年）5月から翌年の寛政7年（1795年）1月までの間に、145点以上の作品を世に送り出しました。その作品群は、主に役者絵であり、大胆なデフォルメと躍動感あふれる表現で知られています。特に初期の作品である大首絵は、役者の個性を際立たせる独特の画風で、それまでの浮世絵とは一線を画すものでした。

写楽の作品は大きく4つの時期に分けられます。第1期は黒雲母摺の大首絵28枚で、役者の顔のしわや鼻、口元といった特徴を誇張し、強烈な個性と存在感を放っています。代表作として「市川蝦蔵の竹村定之進」、「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」などが挙げられます。第2期は、二人立ちの全身像や一人立ち図など、緊張感あふれる画面構成の作品が中心です。第3期は顔見世狂言を描いた作品が多く、背景描写が特徴的です。第4期は、春狂言や相撲絵などが制作されました。後期の作品は、初期の力強さや独創性に欠けるものが多いと評されています。

写楽の作品は全て蔦屋重三郎の版元から出版されており、絵の題材となった芝居の上演時期から作画時期を推定することが、現在の写楽研究の主流となっています。

写楽の正体：斎藤十郎兵衛説

写楽の素性については、長らく謎に包まれていました。唯一の江戸時代の記録である『増補浮世絵類考』には、「写楽斎」として斎藤十郎兵衛という人物の名前が挙げられており、阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者であったとされています。しかし、長らく斎藤十郎兵衛の実在は確認されていませんでした。

近年、様々な史料の発見により、斎藤十郎兵衛の実在が確認され、「写楽＝斎藤十郎兵衛説」が有力となっています。能役者の公式名簿や蜂須賀家の古文書にその名が確認され、さらに埼玉県越谷市の過去帳には、八丁堀地蔵橋に住んでいた斎藤十郎兵衛の死亡記録も残されています。

しかし、斎藤十郎兵衛が写楽であることを直接的に示す証拠は、未だに発見されていません。そのため、他の有名な絵師の変名ではないかという「写楽別人説」も根強く残っています。候補として、歌川豊国、葛飾北斎、喜多川歌麿といった著名な絵師の名前が挙げられていますが、決定的な証拠はありません。

肉筆画の発見と議論

2008年、ギリシャの美術館に所蔵されていた肉筆の扇面画が写楽の作品と確認され、大きな話題となりました。しかし、この鑑定結果についても異論があり、写楽真筆と断定するには至っていません。写楽の作品の真贋を巡る議論は、現在もなお続いています。

写楽の評価と影響

写楽の作品は、当時の人々からは必ずしも高く評価されていなかったようです。『江戸風俗惣まくり』には、写楽の絵が役者たちに不評だったという記述が残されています。大田南畝も、写楽の絵が役者の容姿をありのままに描いたために、すぐに流行らなくなったと評しています。

しかし、ドイツの美術研究家ユリウス・クルトは著書『SHARAKU』で写楽を称賛し、大正時代以降、日本でも写楽の評価が高まりました。「世界三大肖像画家」に数えられるという評価が流布していますが、これはクルトの著作には見られず、後世の誤解によるものだと考えられています。

写楽の作品は、後世の多くの浮世絵師に影響を与えました。また、写楽を題材とした小説、映画、演劇など、様々な作品が制作され続けており、その謎めいた生涯と天才的な芸術性は、人々の想像力を掻き立て続けています。

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