役者絵

役者絵：江戸時代のスター、歌舞伎役者を彩る浮世絵

役者絵は、江戸時代から明治時代にかけて制作された浮世絵の一ジャンルです。その名の通り、歌舞伎役者を題材とした作品で、役者の舞台姿や日常生活、さらには没後を描いた「死絵」まで、多様な表現を見せています。歌舞伎役者という、当時の人々にとって特別な存在を、絵師たちは様々な技法と画風で表現しました。

役者絵の起源と発展：墨摺絵から錦絵へ

歌舞伎発祥の地は諸説ありますが、役者絵の起源は、歌舞伎役者の舞台姿が浮世絵の画題として取り上げられたことにあります。当初は、墨摺絵に手彩色を施した丹絵や漆絵が主流で、役柄に合わせた顔や衣装で特定の役者を表現していました。 顔は実際の役者の容貌を写実的に描くのではなく、役柄を象徴するような型通りの表現が一般的でした。

この役者絵を牽引したのが、鳥居派です。彼ら独特の「ひょうたん足」「みみず描き」と呼ばれる画法は、役者絵だけでなく、劇場の絵看板や番付絵などにも用いられ、独特の作風を確立しました。鳥居派の絵看板は、他の絵師の関与を許されず、現代まで続くほどに影響力を持っていました。

宝暦頃には、奥村利信や西村重長といった絵師も役者絵を手掛けましたが、これもまだ写実的な描写ではありませんでした。しかし、鳥居清重は四代目市川團十郎など、役者の実際の容貌を意識した描写を試みるなど、変化の兆しが見えてきました。

明和時代になると、錦絵が登場します。鮮やかな色彩と精密な描写を可能にした錦絵は、役者絵の世界にも革命を起こしました。勝川春章と一筆斎文調は、この新しい技法を用いて、役者の顔の特徴を捉えた写実的な役者絵を製作し、その先駆けとなりました。特に勝川春章は多くの役者を錦絵で描き、勝川派の絵師たちにも影響を与えました。

寛政時代には、初代歌川豊国が登場します。彼は「役者舞台之姿絵」など、写実的な役者絵を数多く残し、歌川派の礎を築きました。歌川派は、明治時代まで役者絵の中心として活躍を続けました。東洲斎写楽も独特の役者絵を残しましたが、活動期間は短く、歌川豊国の影響力が圧倒的でした。

天保の改革では、江戸三座の浅草移転に伴い、役者絵の版行が一時禁止されましたが、水野忠邦の失脚後、役者名を記さない役者絵の版行が再開されました。役者名と役名が揃った役者絵が再び版行されるようになったのは、万延元年（1860年）頃です。

役者絵は舞台上の役者だけでなく、役者の私生活を描いた作品や、没後を描いた「死絵」なども存在しました。しかし、写真の登場によって、役者絵はマスメディアとしての役割を終え、浮世絵の黄金時代は幕を閉じました。

上方の役者絵：江戸とは異なる展開

上方（京都・大阪）でも、江戸より遅れて役者絵が制作されました。当初は絵本の体裁で版行され、西川祐信や大森善清といった絵師が活躍しました。明和時代には、合羽摺りの技法が用いられるようになり、手彩色ではない色のついた役者絵が製作されるようになりました。岡本昌房は、この技法を用いた役者絵を残しています。

上方では江戸の錦絵が「江戸絵」として人気を集めていましたが、『絵本水や空』や『翠釜亭戯画譜』など、役者の顔の特徴を捉えた写実的な役者絵も制作され始めました。これらの作品は、江戸の勝川春章や一筆斎文調の作品の影響を受けています。流光斎如圭や松好斎半兵衛といった絵師が、この写実的な流れを継承していきました。

天保の改革では、上方でも役者絵の版行が禁止されましたが、弘化4年（1847年）頃からは、役者名や役名、芝居の題名を記さない一枚摺りの役者絵が版行されるようになりました。上方でこうした規制が完全に撤廃されたのは明治時代になってからです。

役者絵は、単なる役者の肖像画ではなく、当時の社会情勢や文化、そして絵師たちの技法や個性を反映した、貴重な歴史的資料です。それらの作品から、江戸時代の華やかな歌舞伎の世界と、それを支えた人々の姿を垣間見ることができます。

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