東都浅艸本願寺

葛飾北斎『冨嶽三十六景』「東都浅艸本願寺」：江戸の巨大寺院と富士山との壮麗な対比

葛飾北斎の代表作として名高い『冨嶽三十六景』。その全46図の一つである「東都浅艸本願寺」は、東京都台東区西浅草にあった東本願寺から望む富士山を題材にしています。落款には「前北斎為一笔」と記されています。

この作品は、単に富士山と寺院を描写した風景画ではありません。北斎は、画面構成において卓越した技法を駆使し、見る者に強い印象を与えています。東本願寺の本堂屋根では、瓦の修繕を行う職人たちが小さく描かれ、それによって寺院の巨大さが際立って見えます。また、井戸掘り用の櫓や高く舞い上がる奴凧といった細部も描き込まれ、江戸時代の庶民の生活の一端も垣間見ることができます。

東本願寺は、元々は神田明神の下にあった光瑞寺でしたが、明暦3年（1657年）の大火をきっかけに浅草に移転しました。一万五千余坪という広大な敷地を誇り、巨大な本堂は江戸庶民にも広く知られていたと言われています。北斎はこの東本願寺を、浅草寺ではなくあえて選んで描いた点に注目する必要があります。

北斎は、中景を雲で巧みに覆い隠すことで、余計な情報を排除。これにより、東本願寺本堂の大きな破風と富士山頂の三角形という、画面における二つの主要な形状の対比が明確になり、図像全体に安定感とリズム感が生まれています。この構成は、単なる風景描写を超えた、北斎ならではの高度な芸術的センスを感じさせます。

美術史家である日野原健司氏は、北斎が東本願寺を選んだ理由について、河村岷雪の『百富士』「玉嶌山」からの着想を得た可能性を指摘しています。「玉嶌山」は、東江寺から見た富士山を描き、隅田川、浅草寺、そして東本願寺を俯瞰的に表現しています。この作品における東本願寺の屋根と富士山の三角形の対比が、北斎の「東都浅艸本願寺」の構図に影響を与えたのではないかと考えられています。

「東都浅艸本願寺」は、単なる風景画としてだけでなく、北斎の高度な構図力、そして江戸時代の都市風景と富士山という壮大な自然の調和を見事に描いた、傑作と言えるでしょう。北斎が、巨大な寺院と富士山という対比を通して、江戸時代の都市と自然の関わり、そして人間の営みを描写しようとした意図が、この一枚の絵画に凝縮されているのです。北斎の絵画をより深く理解するためには、当時の社会状況や、他の画家の作品との比較検討も重要となります。この作品が、北斎研究の更なる発展に貢献することを期待します。

参考文献

日野原健司『富嶽三十六景』岩波書店、2019年。ISBN 978-4-00-335811-5。
磯崎康彦「北斎の風景・風俗版画」『福島大学人間発達文化学類論集』34巻、福島大学人間発達文化学類、2021年、124-109頁。http://hdl.handle.net/10270/5478。

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