松下圭一

松下圭一の生涯と業績

松下圭一（1929年8月19日 - 2015年5月6日）は、日本の政治学者、法学博士であり、法政大学の名誉教授でした。福井県福井市に生まれ、旧制福井中学、第四高等学校を経て、1952年に東京大学法学部を卒業しました。大学在学中は東京大学新聞の編集長を務め、著名な政治学者である丸山眞男の門下生として知られています。

法政大学法学部に赴任後は、助教授、教授を経て、2000年に定年退職しました。その間、日本政治学会の理事長や日本公共政策学会の会長を歴任するなど、学会活動にも積極的に貢献しました。松下は、マルクス主義が全盛の時代に大衆社会論を提唱し、論壇で注目を集めました。また、江田三郎の構造改革論や地方自治のイデオローグとしても活躍しました。

2015年5月6日、心不全のため85歳でこの世を去りました。

学説：都市型社会と市民自治

松下圭一の学説は、政治制度論、経済体制論、社会形態論を基盤としています。彼は、これらの要素を支える歴史的諸条件を分析し、「都市型社会」における市民自治のあり方を探求しました。松下は、近代化の過程で工業化と民主化が進む中で、特に日本のような近代化後進国では社会権的側面の充足が重視される一方で、自由権的側面が不足していると指摘しました。彼は、貨幣の浸透、個人の自立、教養や余暇の増大が自由権的側面を促進すると考えました。

また、政府の概念を自治体レベル、国レベル、国際レベルの3層構造で捉え、「国家統治」概念を「市民自治」概念に置き換える「分節主権」を主張しました。彼は、資本主義、社会主義、共産主義を近代化という目的を達成するための手段の違いと捉え、「ナショナル・ミニマム」に対して、政策・制度設計の日常化を重視した「シビル・ミニマム」という概念を提唱しました。さらに、「官僚内閣制」という言葉も造語しました。

松下の理論は、菅直人や江田五月といった政治家たちの政策論にも影響を与えました。『シビル・ミニマムの思想』で毎日出版文化賞、『市民参加』で吉野作造賞を受賞しています。

批評：国家観念の相対化

松下の「市民自治」や「地域主権」の考え方は、近代国家の解体につながるという批判もあります。具体的には、市民が社会契約を通じて自治体政府、国家、国際機構という対等な3つの政府を創設するという考え方は、従来の国家主権を前提とする地方自治の概念とは対立します。八木秀次は、松下の理論を「マルクスを使わぬマルクス主義」と批判しました。

また、松下が国家観念を相対化する視点は、2000年代以降の日本の外務省が推進する「価値観外交」にも共通する点があります。これは、普遍的価値に基づく国際協調を重視する考え方であり、現行の国家主権と摩擦を生む可能性を孕んでいます。

著書

松下圭一は、多数の著作を通じてその思想を発信しました。主な単著には、『現代政治の条件』（1959年）、『市民政治理論の形成』（1959年）、『戦後民主主義の展望』（1965年）、『現代政治学』（1968年）、『都市政策を考える』（1971年）、『シビル・ミニマムの思想』（1971年）、『市民自治の憲法理論』（1975年）、『新政治考』（1977年）、『市民自治の政策構想』（1980年）、『市民文化は可能か』（1985年）、『社会教育の終焉』（1986年）、『都市型社会の自治』（1987年）、『ロック「市民政府論」を読む』（1987年）、『昭和後期の争点と政治』（1988年）、『政策型思考と政治』（1991年）、『自治体の基礎理論――分権化・国際化・文化化への構想』（1994年）、『戦後政治の歴史と思想』（1994年）、『いま、なぜ、自治・分権なのか――阪神大震災から自治体外交まで』（1995年）、『現代政治の基礎理論』（1995年）、『日本の自治・分権』（1996年）、『政治・行政の考え方』（1998年）、『自治体は変わるか』（1999年）、『シビル・ミニマム再考――ベンチマークとマニフェスト』（2003年）、『都市型社会と防衛論争』（2003年）、『戦後政党の発想と文脈』（2004年）、『自治体再構築』（2005年）、『転型期日本の政治と文化』（2005年）、『現代政治――発想と回想』（2006年）、『市民・自治体・政治　再論・人間型としての市民』（2007年）、『国会内閣制の基礎理論　松下圭一法学論集』（2009年）などがあります。

また、編著や共編著も多数あり、『現代日本の政治的構成』（1962年）、『現代婦人問題入門』（1970年）、『現代に生きる（6）市民参加』（1971年）、『職員参加』（1980年）、『自治体の先端行政――現場からの政策開発』（1986年）、『シリーズ自治を創る（1）自治体の国際政策』（1988年）、『自治体改革　歴史と対話』（2010年）、（森啓）『文化行政――行政の自己革新』（1981年）、（原田勝正、尾崎秀樹、三國一朗）『昭和　二万日の全記録』（1989年～1991年）、（西尾勝・新藤宗幸）『岩波講座自治体の構想』（2002年）などが挙げられます。

松下圭一は、その生涯を通じて日本の政治学、特に地方自治論の分野に大きな足跡を残しました。

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