松下敏幸

松下敏幸氏は、1957年に兵庫県朝来市に生まれ、現在イタリアの弦楽器製作の聖地、クレモナを拠点に活躍する弦楽器製作者（マエストロ・リウタイオ）です。

1979年に弦楽器製作と修理の道を志し、1982年には本場イタリア・クレモナへ渡ります。当地でStefano Conia氏の工房にてCorrado Belli氏に師事し、弦楽器製作の基礎を固めました。また、高名な製作者であるFrancesco Bissolotti氏からは、楽器の縁に施される象眼細工（パーフリング）、Intarsioと呼ばれる高度な装飾技術を直接学びました。

クレモナで主流であったアルコールニスに代わり、1989年頃からはより伝統的なオイルニスの研究と使用にいち早く着手します。アマティ、グァルネリ、そしてアントニオ・ストラディヴァリといった歴史的な名工たちの作品を深く研究し、それに基づいた独自の製作スタイルを確立しました。

教育機関での研鑽も積んでおり、1982年から1987年にかけてロンバルディア州立学校の弦楽器修復課程および国立クレモナヴァイオリン製作学校を卒業しています。さらに、スイス・チューリッヒのMusik Hugにてオールド弦楽器の修復技術を学びました。1987年にはイタリアでの労働許可を取得し、クレモナ市内に自身の工房を設立。製作家としてのキャリアを本格化させます。

その技術と知識は高く評価され、1998年には国立クレモナヴァイオリン製作学校のマスターコース最終学年に、日本人として初めてマエストロ講師として招かれ、後進の指導にあたっています。

松下氏が製作する楽器には、長年の古典イタリアン弦楽器への深い研究成果が色濃く反映されています。その音色は明るく、豊富な倍音を持つことが特徴で、日本のみならず欧米においても高い評価を獲得しています。国際的な製作コンクールでも上位入賞の実績を持ち、その技術力と芸術性が広く認められています。

製作だけでなく、貴重な名器の修復やメンテナンスにも数多く携わっています。アントニオ・ストラディヴァリ製作のヴァイオリン「PARK」（1717年製）や「LEDY LEY」（1713年製）、グァルネリ・デル・ジェズのヴァイオリン「JEAN BECKER」（1732年製）、ジョゼフ・グァルネリ製作のチェロ（1689年製）など、歴史的な価値を持つ楽器のケアを手がけてきました。

特に、1993年と1996年に開催された名器ストラディバリウスのサミットコンサートでは、楽器のメンテナンス担当として招待され、同行しました。このコンサートでメンテナンスを行った名器には、ストラディヴァリ製作のヴァイオリン「TOSCAN」（1690年製）、ヴィオラ「MAHLER」（1672年製）、チェロ「Bonamy Dobree-Suggia」（1717年製）などがあります。これらの経験は、氏の製作活動にも貴重な知見をもたらしています。

製作・修復活動と並行して、各地でレクチャー＆コンサートを開催し、弦楽器の世界、特にクレモナの伝統と自身の活動について紹介しています。ヴァイオリン製作の工程解説、クレモナの歴史や名工の活動背景、名器が名器たる所以などをテーマに、聴衆に弦楽器の奥深さを伝えています。

また、日本のヴァイオリン製作史においても特筆すべき貢献があります。2016年には、鈴木バイオリン製造の創業者である鈴木政吉が製作したとされるヴァイオリンの鑑定に参加しました。この楽器は、皇太子殿下（当時）が所有されていたもので、松下氏は愛知県立芸術大学の井上さつき教授らと共に鑑定を行い、鈴木政吉の円熟期の作品であると判定しました。

メディアへの露出も多く、2005年にはNHKのドキュメンタリー番組「遠くにありてにっぽん人」でその活動が紹介され、2007年にはTBSの特別番組にも出演しています。自身の製作楽器は、名器との聞き比べCD「HARMONY OF VIOLINS」としてもリリースされており、その音色を聴くことができます。雑誌「サラサーテ」や「家庭画報」でも取り上げられ、YouTubeの家庭画報公式チャンネルでは氏の製作ヴァイオリンの演奏動画も公開されています。

アンタン国際弦楽器・弓製作者協会（EILA）や日本弦楽器製作者協会の正会員でもあり、国際的な弦楽器製作界における日本人を代表する存在の一人として、多方面にわたり活躍を続けています。

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