松岡克之助

松岡 克之助（まつおか かつのすけ）は、天保7年（1836年）に生まれ、明治31年（1898年）5月にその生涯を閉じた、幕末から明治にかけて活躍した日本の著名な柔術家です。号は尚周。

医術を生業とする家系に生まれ

松岡克之助は、江戸霞ヶ関にあった黒田藩邸内（現在の外務省の位置にあたります）で、藩医であった父、松岡克春道林の次男として誕生しました。松岡家は代々医術を家業としており、克之助もこの伝統を受け継ぐことになります。

武術と医術の研鑽

克之助の修行は多岐にわたりました。嘉永5年（1852年）5月には宝蔵院流槍術で印可を得るなど、早くから武術の才能を示します。また、嘉永4年（1851年）には神田一ツ橋にあった小川要左衛門の塾に入り、経絡学、薬草学、止血法、整骨術、鍼灸法といった医術全般を深く学びました。

天神真楊流での活躍と「磯道場の猛虎」

柔術の道に入ったのは、嘉永6年（1853年）1月のことでした。神田お玉ヶ池にあった天神真楊流の門を叩き、磯正智三代目より指導を受けます。安政2年（1855年）9月には免許皆伝を授けられ、磯道場の師範代を務めることになりました。この頃、多くの他流試合に臨み、挑戦者を次々と打ち破ったその圧倒的な強さから、「磯道場の猛虎」として恐れられる存在となります。約三年間師範代を務めた後、安政5年（1858年）5月には浅草観音寺の境内に自身の天神真楊流道場を開設しました。

幕府講武所勤務と新たな学び

万延元年（1860年）1月、黒田藩の命により幕府講武所の修業人に任じられます。講武所では様々な武術家と交流し、特に揚心古流の戸塚彦介英俊との乱捕稽古で、自身が二本取られてしまう経験から、揚心古流に強い関心を抱き、戸塚に師事してその技法を学び始めました。文久2年（1862年）4月には講武所の柔術教授心得補佐となりますが、同年10月には講武所の柔術稽古自体が廃止され、克之助も修業人の身分を解かれることになります。

帰郷と医業、そして神道揚心流の創始

講武所を去った後、文久2年（1862年）12月、小川要左衛門の紹介で常陸国真壁郡上野村（現在の茨城県桜川市）の石妻家の娘、ヨシと結婚し、同地で漢方医・整骨医を開業しました。

医業に励む傍ら、長年修めた武術への情熱は衰えませんでした。しかし、地方では十分な稽古相手を見つけることが難しかったため、施術の合間には自室に籠もり、これまで学んだ天神真楊流、戸塚派揚心流、そして直心影流の技法や理合を徹底的に分析・研究することに没頭しました。この研究の中から、二つの柔術流派の技法を融合し、さらに直心影流の理論を取り入れた独自の武術体系が生まれました。元治元年（1864年）5月1日、これを『神道揚心流』と命名し、自身の施療院の中庭で門弟たちへの指導を開始しました。

激動の時代と再起

当初は中庭で教えていましたが、門弟が増えるにつれて手狭になり、常陸国の厳しい冬を考慮して、道場「神道館」の建設を決意します。しかし、慶応2年（1866年）7月、幕臣登用の命を受け、常陸・下総の藩領内で発生した打壊し騒動の鎮圧任務にあたることになります。「撤兵指図役格式」という身分での任務を慶応3年（1867年）2月に完了した後、同年3月には江戸城への出頭を命じられ、徳川慶喜の警護などに従事しました。その後も中条金之助が率いる精鋭隊に配属され、慶喜の警護にあたります。

戊辰戦争が始まると、上野戦争に巻き込まれます。菜畑での激しい戦闘中、右背部に銃弾を受け重傷を負い、戦線を離脱。血路を開いて三河島口から会津方面へ落ち延びました。利根川沿いの農家に匿われ傷の回復を待つ間、会津藩降伏の報に接し、戦いの終わりを知ることになります。

上野村に戻った後、薩長軍の探索を避けるため、しばらくの間は妻の姓を借りて石妻勝之助と名乗る時期もありました。

道場「神道館」の建立と後進育成

明治3年（1870年）4月、再び漢方医としての活動を再開しました。そして同年9月には、長年の念願であった道場を施療院の隣地に建立します。道場は「神道館」と名付けられ、剣術道場が30坪、柔術道場が50畳という広さを有していました。ここでは自身が創始した神道楊心流の柔術と、かつて学んだ直心影流の剣術を指導し、多くの門弟を育成しました。

長塚節の小説『土』に登場する整骨医は、松岡克之助がモデルであると言われています。神道揚心流の二代目を継いだ猪瀬元吉や小幡茂太、直心影流の門弟であった中山辰三郎などが、彼の主な門弟として名を残しています。

武術と医術に秀で、激動の幕末・明治を駆け抜けた松岡克之助は、神道揚心流の創始者として日本の武道史にその名を刻んでいます。

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