松平近陳

松平近陳（まつだいら ちかのぶ）は、江戸時代前期から中期にかけて活躍した大名であり、豊後国府内藩の第2代藩主、そして親清流大給松平家の第6代当主を務めた人物である。その生涯は、父から家督を継ぎ、幕府の要職を歴任し、長寿を全うした、比較的安定したものであった。

近陳は、寛永11年（1634年）に初代豊後府内藩主である松平忠昭の長男として生まれた。母は旗本酒井忠正の娘である。嫡男として将来を嘱望され、父の治世下で藩の様子を間近に見て育った。

延宝4年（1676年）3月27日、父忠昭が隠居したことに伴い、松平家代々の家督を相続し、第2代府内藩主となった。藩主就任にあたり、近陳は兄弟への配分を行った。具体的には、弟の近鎮に対しては、新田開発による増加分を含めた1500石の所領を、また、別の弟である近良に対しても1000石の所領をそれぞれ分与した。これは、家門の維持と強化を図る一方で、兄弟間の結びつきを大切にする姿勢を示すものであった。

藩主としての務めを果たす傍ら、近陳は江戸幕府の役職にも就いた。奏者番に任じられ、幕府の儀式における将軍への取次や、諸大名との連絡調整など、重要な役割を担った。奏者番は、将軍への謁見を取り次ぎ、大名からの献上物を受け取るなど、幕府の中枢に近い職務であり、近陳が幕府内で一定の信任を得ていたことを示唆する。府内藩の石高はさほど高くなかったが、近陳が奏者番として江戸幕府に仕えたことは、藩の権威を高める一助となったであろう。

藩政においては、具体的な治績に関する詳細な記録は少ないが、奏者番として江戸に詰めることが多かったため、藩政の実務は家臣団に委ねる部分が大きかった可能性も考えられる。しかし、父から受け継いだ領地を安定的に運営し、次代に引き継いだことは、藩主としての責任を果たした証と言える。また、弟への分与は、知行割りの変更を伴うものであり、藩内の調整能力も求められるものであった。

宝永2年（1705年）11月11日、近陳は72歳で藩主の座を退き、次男の近禎に家督を譲って隠居した。江戸時代の大名としては、比較的早い時期の隠居ではあるが、子に後を託し、自身の晩年を穏やかに過ごすことを選んだものと思われる。隠居後も藩の行く末を見守りながら、余生を送った。

そして、享保4年（1719年）12月10日、82歳という当時としては異例の長寿を全うし、その生涯に幕を閉じた。江戸時代の平均寿命を考えると、近陳の長寿は特筆すべきことであり、健康に恵まれた人物であったことがうかがえる。

松平近陳の系譜を見ると、父は初代府内藩主松平忠昭、母は旗本酒井忠正の娘である。正室には阿部重次の娘を迎え、継室には板倉重矩の娘を迎えている。子女としては、次男の近禎が家督を継ぎ、府内藩第3代藩主となった。近禎の生母は正室である。他にも三男の近苗、そして三宅康雄の正室となった梅休院（生母は正室）がいたことが確認できる。これらの婚姻関係や子女の存在は、松平近陳が当時の武家社会におけるネットワークの中で生きていたことを示している。

松平近陳の生涯は、父の遺志を継ぎ、藩主として、そして幕府の役職者として務めを果たし、長寿を得て隠居し、平穏な晩年を過ごした堅実なものであったと言える。豊後府内藩の歴史において、彼の治世は安定期として位置づけられるであろう。

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