松本幸四郎 (5代目)

五代目松本幸四郎（1764年-1838年）は、江戸時代後期の歌舞伎界を代表する名優の一人です。屋号は高麗屋、定紋は四つ唐花菱で、その高い鼻から「鼻高幸四郎」の異名をとるほど、独特の風貌を持っていました。

父は四代目松本幸四郎であり、幼少期より歌舞伎の世界に身を置きました。明和7年（1770年）、市川純蔵として初舞台を踏み、その後、三代目市川高麗蔵を経て、享和元年（1801年）に五代目松本幸四郎を襲名します。

当初は立役を演じていましたが、後に得意とする実悪（悪役）へと転向します。鋭い眼光と高い鼻が醸し出す独特の雰囲気は、東洲斎写楽や歌川豊国といった浮世絵師の作品にも描かれ、その演技の凄みが伺えます。

彼の演技は、当時の観客に大きな衝撃を与えました。特に実悪においては「三都随一、古今無類」とまで評され、圧倒的な存在感を放っていました。舞台で見得を切ると、その迫力に子供たちが泣き出すほどだったという逸話も残されています。文化2年（1805年）には、評判記『役者大極丸』で若手ながら江戸を代表する名優と絶賛されています。

五代目松本幸四郎の代表的な当り役として、『菅原伝授手習鑑・寺子屋』の松王、『仮名手本忠臣蔵』の高師直、『義経千本桜』の権太などが挙げられます。しかし、中でも最も有名なのは、『伽羅先代萩』の仁木弾正でしょう。この役は彼の生涯を代表する当り役となり、現在でも、仁木の左の眉尻のほくろや、衣装にちりばめられた四つ花菱（松本幸四郎の定紋）や三つ銀杏（市川染五郎の定紋）といった演出は、彼へのオマージュとして受け継がれています。

彼の高い鼻は、演出にも影響を与えました。『菅原伝授手習鑑・車引』の松王の、客席ではなく舞台下手に向かって横向きに見得を切るという型は、元々は幸四郎の鼻の高さを強調した演出だったものが、現在まで定着したものです。

四代目鶴屋南北との協演も多く、時代物では『時今也桔梗旗揚』の武智光秀のような冷酷な謀反人、世話物では『東海道四谷怪談』の直助権兵衛、『謎帯一寸徳兵衛』の大島團七といった悪役を演じ、庶民の生々しい姿を写実的に表現した新しい芸風を確立しました。その演技は後の歌舞伎役者たちに大きな影響を与えたと言われています。

五代目松本幸四郎は天保9年（1838年）、中村座での公演中に倒れて亡くなりました。その功績は、六代目松本幸四郎を初めとする後世の歌舞伎役者たちに受け継がれ、現在もなお語り継がれています。彼の墓所は、東京都江戸川区の大雲寺にあります。

もう一度検索