松田緑山

松田緑山：近代日本印刷史に名を刻んだ巨匠

松田緑山（まつだ ろくざん、1837年-1903年）は、幕末から明治期にかけて活躍した、日本を代表する銅版画家にして石版画家、そして実業家です。幼名亀之助、後に儀十郎、敦朝と名乗り、蘭香亭、清泉堂といった雅号も用いました。

緑山は、京都で銅版工房「玄々堂」を営む松本保居（初代玄々堂）の長男として生まれました。12歳という若さで銅版画制作を始め、その才能は早くから開花しました。彼の作品には「十三童」と記された13歳の頃の作品も残っており、その早熟ぶりがうかがえます。父である松本保居から銅版画の技術を学び、独自の技法「微塵銅版画」を確立しました。繊細で緻密な表現が特徴のこの技法は、緑山の名を高める大きな要因となりました。

父の後を継ぎ、二代目玄々堂を名乗った緑山は、幕府や明治政府から重要な仕事を請け負いました。安政5年（1858年）、紀州藩から5ヶ国（摂津国、河内国、大和国、伊勢国、紀伊国）共通の銀札製造を依頼され、藩札製造にも携わっていたとされます。その後、慶応4年（1868年）には太政官楮幣局から金札、翌年には民部省から民部省札の製造を依頼され、弟の松田龍山とともに東京へ移住しました。

しかし、緑山の銅版技法は、当時の近代国家の要求を満たすには至りませんでした。大量印刷は可能でしたが、微妙な差異が生じやすく、偽札の横行を招いてしまいました。そのため、紙幣製造の仕事からは一時的に離れることになります。それでも、明治政府は緑山の技術に注目し続け、竜文切手、証券印紙、公債証書などの製造を依頼しました。しかし、偽造問題が解決しないまま、明治7年（1874年）、紙幣寮の制度改革により、玄々堂は政府からの仕事から遠ざかることになります。

政府からの仕事が減少したものの、緑山は諦めませんでした。明治7年、東京京橋区呉服橋に銅石版印刷所「玄々堂」を開業し、明治初期の銅版印刷、石版印刷の進歩に大きく貢献しました。

緑山の工房「玄々堂」には、多くの才能が集まりました。下岡蓮杖、高橋由一、山本芳翠といった著名な画家や、石井鼎湖、石田有年・才次郎兄弟、亀井至一・竹二郎兄弟など、多くの芸術家や技術者たちが緑山と共に仕事をし、交流しました。彼は洋画家を積極的に支援し、洋画塾を設立するなど、日本の美術界の発展にも貢献しました。

さらに、緑山は各地に出向き、石版印刷の技術指導を行いました。神奈川県、群馬県、東京都、長野県などで技術指導を行い、各地の印刷技術向上に貢献しました。その指導は、日本の近代印刷技術の普及に大きく寄与しました。

代表的な作品として「海岸戦争図」「北方氷洋ノ図」といった銅版画が残されています。これらの作品は、緑山の精緻な技法と高い芸術性を示すものです。

松田緑山は、単なる銅版画家、石版画家としてだけでなく、日本の近代印刷事業の礎を築いた実業家、そして多くの後進を育成した教育者でもありました。彼の功績は、日本の近代化における重要な一端を担っていると言えるでしょう。彼の生涯と業績は、日本の近代美術史、印刷史を語る上で欠かせないものです。

もう一度検索