析出硬化系ステンレス鋼

析出硬化型ステンレス鋼：高強度と耐食性を両立した特殊鋼

析出硬化型ステンレス鋼とは、特定の合金元素を添加し、析出硬化という熱処理を行うことで、高い強度と硬度を実現したステンレス鋼です。一般的なステンレス鋼と比べて耐食性を維持したまま高強度化できる点が大きな特徴です。英語ではprecipitation hardening stainless steelと呼ばれ、PHステンレス鋼と略されることもあります。

種類と組織

析出硬化型ステンレス鋼は、固溶化処理後の組織の違いによって、大きく3種類に分類されます。

1. マルテンサイト系

固溶化処理と急冷によってマルテンサイト組織となり、さらに時効処理で硬化します。マルテンサイト変態と析出硬化の2つの機構で高強度を実現するため、非常に高い強度が得られます。代表的な鋼種として17-4PHが挙げられ、銅を添加することで硬化します。

2. セミオーステナイト系

固溶化処理後、室温ではオーステナイト組織ですが、準安定な状態のため、冷間加工や熱処理によってマルテンサイト変態を起こさせ、さらに時効処理を行うことで硬化します。成形性を活かして加工した後、高強度が必要な用途に適した特性です。17-7PHが代表的な鋼種で、ニッケル・アルミニウム化合物の析出によって硬化します。

3. オーステナイト系

固溶化処理後、室温でも安定したオーステナイト組織を保ち、時効処理によって硬化します。マルテンサイト系やセミオーステナイト系と比べて強度はやや劣りますが、耐食性や高温・低温強度などに優れています。A-286が代表的な鋼種で、ニッケル・チタン化合物の析出によって硬化します。

特性

機械的性質

析出硬化型ステンレス鋼は、時効処理によって強度と硬度が向上します。マルテンサイト系とセミオーステナイト系は特に高強度ですが、時効処理温度や時間によって強度と靭性のバランスが変化します。オーステナイト系は、マルテンサイト系やセミオーステナイト系ほど高強度ではありませんが、優れた高温強度と低温靭性を持ちます。

耐食性

析出硬化型ステンレス鋼は、一般的にオーステナイト系ステンレス鋼（304系など）と同等の耐食性を有します。オーステナイト系は最も耐食性に優れ、マルテンサイト系とセミオーステナイト系はやや劣りますが、多くの用途で十分な耐食性を発揮します。

物理的性質

密度、弾性率などは、結晶構造と合金元素組成によって決まり、時効硬化後の組織によってフェライト系やマルテンサイト系ステンレス鋼に近い性質を示すものもあります。電気抵抗率は他のステンレス鋼より高い傾向があります。

加工

析出硬化型ステンレス鋼は、時効処理前に加工を行うのが一般的です。マルテンサイト系は加工硬化が小さいので成形加工に適し、セミオーステナイト系はオーステナイト組織の良好な成形性を活かして加工できます。溶接は、溶接部の強度確保のため、同種成分の溶接材料を使用したり、溶接後に固溶化処理や時効処理を行う必要があります。

用途

析出硬化型ステンレス鋼は、高い強度と耐食性が求められる用途に使用されます。航空機エンジン部品、ゴルフクラブヘッド、医療機器、精密機器など、様々な分野で利用されています。

歴史

析出硬化型ステンレス鋼の開発は、1920年代から始まり、1940年代後半に17-4PHなどの主要な鋼種が開発されました。当初は軍事用途が中心でしたが、その後民生用途にも広がり、現在では様々な分野で活用されています。アポロ司令船の遮熱シールドにも使用された実績があります。

参考文献

（参考文献リストは省略）

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