架空通貨

架空通貨：闇の通貨が支配する企業城下町での攻防

池井戸潤による経済小説『架空通貨』（講談社文庫）は、元商社マンで高校教師の辛島武史が、教え子の失踪事件をきっかけに巨大企業の陰謀に巻き込まれていくサスペンス作品です。2000年に『M1』として刊行され、後に『架空通貨』と改題されたこの作品は、江戸川乱歩賞受賞作でもあります。

物語は、辛島が教え子である黒沢麻紀から近代日本史の教科書を返却されることから始まります。しかし、返却された教科書には、ある異様なメッセージが隠されていました。翌日、麻紀の父親が経営する黒沢金属工業が倒産し、麻紀は失踪。辛島は、麻紀の失踪と黒沢金属工業の倒産に隠された真実を暴くため、単身、事件の核心に迫っていくことになります。

麻紀の失踪は、黒沢金属工業が7000万円の社債を発行し、その償還期限が迫っていることに関係がありました。辛島は、その社債を引き受けた田神亜鉛という企業の調査に乗り出し、中部地方の田舎町・田神町へと向かいます。田神町は、田神亜鉛という巨大企業の企業城下町であり、独自の通貨「田神札」が流通していました。田神札の流通により、町の経済は蝕まれ、多くの零細企業が倒産寸前に追い込まれていました。

田神町で辛島は、田神亜鉛社長の安房正純や、田神亜鉛にリチウムの取引を仲介する加賀翔子といったキーパーソンと対峙します。加賀は、東大経済学部とハーバード大学経営学修士卒という経歴を持つ敏腕コンサルタントで、冷酷なまでに合理的な判断で辛島の交渉を阻みます。一方、安房は、田神亜鉛を一代で築き上げたカリスマ経営者であり、その裏には、闇社会との繋がりも噂されていました。

辛島は、元同僚や銀行員、さらには暴力団関係者など、様々な人物と協力しながら、真相を解き明かそうとします。彼は、商社マン時代の経験と鋭い洞察力、そして正義感をもって、田神札の謎、そして麻紀の失踪に隠された陰謀に立ち向かいます。

この物語は、単なるミステリー小説ではありません。企業の不正や経済格差、地方経済の衰退といった社会問題も深く描かれています。田神札は、企業による経済支配と、それに抗う人々の姿、そして地方の衰退といった現実を象徴的に表現しています。

登場人物も魅力的です。主人公の辛島は、正義感と責任感に溢れた人物ですが、完璧な人間ではありません。過去の失敗や葛藤を抱えながらも、困難に立ち向かっていきます。麻紀は、優秀な生徒でありながら、大人びた雰囲気と強い意志を持つ、複雑な人物です。その他にも、それぞれの思惑を抱えた個性豊かな登場人物たちが、物語に深みを与えています。

『架空通貨』は、経済小説でありながら、スリリングな展開と人間ドラマが凝縮された、読み応えのある一冊です。企業の不正や経済の闇、そして人間の欲望が複雑に絡み合い、読者を最後まで引き込んで離しません。企業城下町という閉鎖的な空間を舞台に繰り広げられる、息詰まる攻防劇は、現代社会の様々な問題を想起させ、深い余韻を残すことでしょう。

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