柘枝仙媛

柘枝仙媛（つみのえのやまひめ）

柘枝仙媛は、奈良時代から平安時代にかけて大和国、現在の奈良県の吉野川流域に伝わる伝説上の仙女です。彼女に関する記述は、『万葉集』、『懐風藻』、『続日本後紀』などの古典籍に見られます。

伝説の概要

契沖の『万葉代匠記』や鹿持雅澄の『万葉集古義』によれば、柘枝仙媛伝説は以下のように語られます。

ある時、味美稲（うましね、または熊志禰とも）という男が吉野川で簗を仕掛け魚を獲っていました。その時、柘（ヤマグワ）の枝が流れてきたので拾い上げると、その枝が美しい女性に姿を変えました。味稲はその女性と結ばれますが、後に女性は天へと飛び去ってしまいます。

この物語は、元々は神婚説話の一種と考えられています。神婚説話には、丹塗矢型と羽衣型がありますが、柘枝仙媛の伝説は、神仙思想の影響を受けて独特の形に発展したと考えられています。

万葉集における記述

『万葉集』には、柘枝仙媛に関連する歌がいくつか収録されています。

霰降り 吉志美が岳を さがしみと 草取りはなち 妹が手を取る

右の一首は、或は云はく、吉野の人味稲の柘枝仙媛に与へし歌そといへり。但し、柘枝伝を見るに、この歌あることなし。

この夕 柘のさ枝の 流れ来ば　梁は打たずて 取らずかもあらむ

古に梁打つ人の無かりせば此処もあらまし柘の枝はも

右の一首は、若宮年魚麻呂の作。

これらの歌は、柘枝仙媛の伝説を背景に詠まれたものと解釈されています。

懐風藻における記述

『懐風藻』には、紀男人の漢詩の中に、柘枝仙媛を連想させる表現が見られます。

万丈崇巌削成秀

千尋素濤逆折流

欲訪鍾池越潭跡

留連美稲逢槎洲

また、藤原麻呂、多治比広成、高向諸足、藤原不比等らの詩にも同様のモチーフが見られます。

続日本後紀における記述

平安時代の歴史書『続日本後紀』には、嘉祥2年（849年）の記事に、興福寺の大法師らが仁明天皇の40歳を祝って献上した長歌の中に、柘枝仙媛に関する記述があります。

三吉野爾有志熊志禰、天女、来通弖其後波、蒙譴天、毗礼衣、着弖飛爾支度云

この記述から、仙媛が「毗礼（ひれ）」、すなわち肩巾や領巾のようなものを身につけて天に昇ったとされており、羽衣伝説との関連が指摘されています。

考察

柘枝仙媛の伝説は、吉野川という自然豊かな地を舞台に、人間の男性と仙女の交流を描いた幻想的な物語です。この伝説は、古代の人々の自然に対する畏敬の念や、異世界への憧憬を反映していると考えられます。また、神仙思想の影響を受け、不老不死や仙境への願望が込められているとも解釈できます。

参考文献

* 堅田修「柘枝仙媛伝承の原像」『大谷学報』第60巻第3号、大谷学会、1980年

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