桂芳久

桂芳久：文学と民俗学の交差点

桂芳久（かつら よしひさ）は、1929年3月4日に広島県で生まれ、2005年2月1日に生涯を閉じた小説家、民俗学者であり、北里大学の名誉教授でもありました。彼の生涯は、昭和後期から平成という激動の時代と深く結びついており、文学と民俗学の両分野で顕著な足跡を残しました。

原爆体験と文学への昇華

広島県高田郡吉田町（現在の安芸高田市）で生まれた桂は、旧制広島県立第一中学校（現在の広島県立広島国泰寺高等学校）在学中に広島市で被爆しました。幸いなことに、勤労動員で郊外にいたため直接的な被害は免れたものの、この原爆体験は彼の心に深く刻まれ、後の作品世界に繰り返し描かれることになります。少年期のこの強烈な経験は、彼の文学作品における重要なテーマとなり、その後の人生観を形成する上で大きな影響を与えました。

文壇への登場と三島由紀夫との交流

1950年に慶應義塾大学に入学した桂は、劇作家の加藤道夫の紹介で三島由紀夫に認められ、1953年に三島の推薦で「群像」7月号に「棘草の蔭に」を発表し、文壇にデビューしました。1956年には『海鳴りの遠くより』を刊行し、作家としての地位を確立します。また、原民喜に強い憧れを抱き、師事を懇願したこともありました。原からは「創作は教えるものではなく、私の生き方を見てほしい」と言われたものの、その原が自殺してしまい、桂は「生き方を見る間もなかった」と語っています。この出来事は、彼の文学観に深く影響を与えたと考えられます。

後進の育成と文学への情熱

慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程を中退後、桂は「第三次三田文学」の編集に携わり、山川方夫、田久保英夫らと共に活動しました。加藤幸子や辻原登といった若手文学志望者の育成にも尽力し、彼らには創作の具体的な方法を教えるのではなく、「書くからには一字一句の間違いもするな、万年筆で丁寧に書け」と、文学に対する厳格な姿勢を教え込みました。特に加藤幸子は、桂が自身の作品を「三田文学」に掲載したことがきっかけで創作意欲が高まり、人生の大きな転機になったと述べています。

三島由紀夫とは親交が深く、毎日彼のもとへ通っていましたが、1970年11月に一度だけ約束の時間に遅れた際、「人間、いつでも会えると思ったらいけないよ」と注意を受けました。その10日後に三島が自殺したことで、桂は大きな衝撃を受けました。その後も三島に関する執筆依頼は絶えませんでしたが、桂は「身近すぎる」という理由で一貫して断り続けました。1972年には、「季刊芸術」に発表した「憶年十五」で、中学生と人妻の恋を描き、「日本のレイモン・ラディゲ」と評されるなど、その文学的な才能は高く評価されていました。

民俗学者としての側面

桂は、折口信夫の門下でもあり、民俗学の研究にも力を注ぎました。「水と火の伝承」などの著作を発表し、民俗学の分野でも重要な貢献をしました。彼の民俗学研究は、文学作品にも影響を与え、彼の作品世界を深く理解するための重要な要素となっています。

その生涯と文学的遺産

桂芳久は、2005年2月1日に腎盂がんにより75歳で亡くなりましたが、その文学的遺産は今もなお多くの人々に影響を与えています。原爆体験を基にした作品、三島由紀夫との交流、そして民俗学の研究を通し、文学と民俗学の交差点に立った彼の存在は、日本の文学史において重要な位置を占めています。彼の作品は、人間の内面を深く掘り下げ、時代を超えて読み継がれるべき価値を持っていると言えるでしょう。

主な著作

『海鳴りの遠くより』（新潮社、1956年）
『ロミオとジュリエット・夏の夜の夢』（偕成社、1961年）
「刺草の蔭に」（『昭和戦争文学全集 第11 (戦時下のハイティーン) 』、集英社、1965年）
『火と碑 桂芳久作品集』（瑞穂書房、1970年）
『水と火の伝承 古代日本文芸文化試論』（三弥井書店、1978年）
『光の祭場 蒿里行』（皓星社、1980年）
「火と碑」（『日本の原爆文学 11 (短篇 2) 』、ほるぷ出版、1983年）
「氷牡丹」（『何とも知れない未来に』、集英社、1983年）
『誄』（北冬舎、2001年）
「広島"橋づくし"」（『広島』、大和書房、2013年）

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