桜井長一郎

桜井長一郎：昭和を彩った声の魔術師

桜井長一郎（1917年 - 1999年）は、日本の声帯模写芸人の第一人者として知られています。東京都出身の彼は、東京演芸協会の第5代会長を務め、落語芸術協会にも所属するなど、演芸界に大きな足跡を残しました。

持ち前の才能で、政治家から映画スター、楽器、動物にいたるまで、幅広いレパートリーを誇りました。その物まねは、単なる真似ではなく、モダンな語り口とユーモラスな漫談を織り交ぜた独自のスタイルで、聴く者を常に楽しませました。中でも、琴の音色を真似ながら発する「上見てたってダメですよ、あたしが口でやってるんだから」というフレーズは、彼の代名詞として広く知られています。

桜井の芸の道への歩みは、アマチュア時代からの物まね好きから始まります。軍隊を経て東宝演劇部の社員、マネージャーとして活躍した後、1948年、NHKの『のど自慢素人演芸会』で優勝を果たします。30歳を過ぎてからプロの芸人として活動を本格化させ、舞台を中心に活躍、テレビ出演も重ねました。約半世紀に及ぶ芸人人生は、常に観客を魅了し続けました。

1999年3月4日、東京都八王子市の自宅でくも膜下出血のため死去。81歳でした。東京演芸協会会長在任中の急逝は、演芸界に大きな衝撃を与え、後任には牧伸二が就任しました。

伝説のギャグの誕生

桜井の代表的なエピソードとして、琴の物まねがあります。舞台で琴の音色を完璧に再現した際、観客席のおばあさんが、隠されたスピーカーから音が流れていると思い込み、天井を覗き込んだそうです。その様子を見た桜井は、「上見たって何もないですよ」と一言。このアドリブが大きな笑いを呼び、彼の持ちギャグとして定着しました。

プロのプライドと人情

プライベートでは、一般人から「物まねやって」と頼まれた際に、「馬鹿いうんじゃない。タダで出来る物か。例えばあんたの商売が電気屋だったら『テレビくれ』って言ってるようなもんだよ。もし私が物まね披露したらあんた何か商売の物くれるのか？」と、ユーモラスながらもプロとしてのプライドを垣間見せる発言をしたこともありました。しかし、相手がせんべい屋だったことから、せんべい2枚と引き換えに物まねを披露したというエピソードも残っています。この逸話は、ビートたけしによって『たけし・さんまの有名人の集まる店』で紹介され、大きな話題となりました。

多彩なレパートリー

桜井の長年の芸人生活を支えたのは、その幅広いレパートリーでした。彼は、長谷川一夫、勝新太郎、山本富士子といった映画スターから、田中角栄、福田赳夫といった政治家まで、時代を彩った多くの著名人を完璧にモノマネしました。その数は実に膨大で、ここに挙げきれないほどです。時代を反映したレパートリーは、彼の芸の幅広さを物語っています。

受賞歴と出版物

桜井は、数々の賞を受賞しました。1948年のNHK『のど自慢素人演芸会』での優勝を皮切りに、文化庁芸術祭大衆芸能部門奨励賞、スターの広場手型顕彰など、その才能は高く評価されました。また、『おのおのがた 声帯模写30年』という著書も出版しており、彼の芸への情熱が伺えます。

桜井長一郎は、卓越した技術とユーモア、そしてプロとしての誇りを持ち合わせた、真に稀有な芸人でした。彼の芸は、多くの人の心に深く刻まれ、昭和のエンターテインメント史に輝く一頁を飾っています。彼の生き様と芸は、後世の芸人たちにとって貴重な財産となるでしょう。

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