梶谷鐶

梶谷 鐶（かじたに たまき）

1909年2月16日に岡山県総社市に生まれた梶谷 鐶は、日本の医学界において消化器外科の分野で傑出した功績を残した外科医です。特にがん治療におけるその卓越した技術と哲学は、多くの医師に影響を与えました。

若き日の研鑽とキャリアの始まり

第六高等学校を経て、1932年に東京帝国大学医学部を卒業した梶谷は、塩田広重教授が率いる第二外科の門を叩きました。ここで外科医としての基礎を築いた後、1939年には癌研究会康楽病院（後の癌研究会附属病院）の外科へ活躍の場を移します。

癌研究会では、当時外科部長を務めていた久留勝医師（後に金沢大学、大阪大学教授、国立がんセンター病院長を歴任）の指導のもと、その手腕を磨きました。久留医師の薫陶を受けた梶谷は、わずか2年後には後任として外科部長の要職に就任。消化器がん、中でも胃がんを中心に、乳がんや大腸がんといった幅広い領域の手術を手がけるようになります。

画期的な手術の成功と治療法の確立

梶谷 鐶の最も特筆すべき業績の一つは、困難な手術に果敢に挑み、成功させたことです。1949年には、日本で初めて膵頭十二指腸切除術を成功させ、この分野の治療に新たな道を開きました。さらに、1965年には、通常であれば手術が困難とされていた、門脈合併切除を伴う肝葉切除術を世界に先駆けて成功させています。これらの手術は、当時の医学水準においては極めて難易度が高く、梶谷の技術力と挑戦者精神を示すものです。

また、胃がん治療においては、その体系的なアプローチで大きな変革をもたらしました。1962年には、岡山大学の陣内傳之助教授、大阪大学の久留勝教授、千葉大学の中山恒明教授ら、当時を代表する外科医たちと共に胃癌研究会を発足させました。この研究会を通じて、胃全摘術や系統的なリンパ節郭清を含む「胃がん拡大根治術」といった術式を確立し、胃がんの外科治療の成績向上に貢献しました。これらの治療法は、その後の日本の胃がん治療の標準となる基盤を築いたと言えます。

癌研究会の重鎮として

癌研究会附属病院で長年にわたり外科医療を牽引した後、1973年には第5代病院長に就任しました。組織のトップとして病院運営にも尽力しましたが、その情熱は最後まで臨床現場、とりわけ手術に注がれました。1984年に名誉院長の称号を得た後も、メスを置きませんでした。最晩年まで精力的に手術を続け、亡くなるわずか2ヶ月前まで、週に3日は朝から晩まで複数の手術を執刀していたと伝えられています。その生涯を患者と向き合い、手術に捧げた真摯な姿勢は、多くの医療従事者にとっての模範となりました。

受賞と後世への影響

梶谷 鐶の医療界への貢献は高く評価され、数々の栄誉に輝いています。1975年には日本医師会医学賞、1982年には消化管癌の外科治療に関する業績で武田医学賞を受賞。さらに、1987年には勲一等瑞宝章を受章し、1988年には第17回高松宮妃癌研究基金学術賞を受賞しました。これらの受賞は、彼の研究と臨床実践が日本の医学、ひいては世界の医学の発展に不可欠であったことを物語っています。

また、その外科医としての哲学や患者への向き合い方、手術への姿勢は、多くの人々に影響を与えました。高山路爛（本名：大鐘 稔彦）は、梶谷の言葉をまとめた「外科医べからず集―梶谷語録に学べ」を2005年に出版しており、その思想は今なお多くの外科医に引き継がれています。

主要な著書には、『消化管癌手術アトラス』（1992年）、『一般外科術前・術中・術後管理』（共著、1983年）などがあり、これらは後進の育成にも寄与しました。

1991年2月19日、82歳でその偉大な生涯を閉じましたが、梶谷 鐶が日本の消化器外科、特にがん治療に残した功績は、現代医療の礎の一つとして、これからも語り継がれていくでしょう。

主な職歴

癌研究会康楽病院
癌研究会附属病院
がん集学的治療研究財団

主な受賞歴

1975年 - 日本医師会医学賞
1982年 - 武田医学賞
1987年 - 勲一等瑞宝章
1988年 - 高松宮妃癌研究基金学術賞

主な著書

『消化管癌手術アトラス』（金原出版、1992年）
* 『一般外科術前・術中・術後管理』共著（へるす出版、1983年)

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