森本清吾

森本清吾（もりもとせいご）

日本の数学者（1900年 1月26日 - 1954年 6月19日）。短い生涯ながら、数学教育や応用数学の分野で功績を残し、特に戦前の軍事オペレーションズ・リサーチに関する研究が近年注目されている。また、自身も数学者である妻・治枝と共に、4人の子供全員を大学教授に育て上げたことでも知られる異色の学者一家の父である。

生い立ちと教育

清吾は1900年（明治33年）、群馬近代蚕糸業の発展に貢献した養蚕製糸業「研業社」の創業者であり、前橋英和女学校（現・共愛学園前橋国際大学）の創設者でもある深沢利重・孝子夫妻の五男として、群馬県に生まれた（生家は旧姓大慈谷）。母方の祖父は前橋藩士の深沢雄象である。群馬県立勢多農林学校を卒業後、大学に進学することなく独学で数学を修め、教員検定試験に合格した。

キャリアと研究

教育者としてのキャリアは、1919年（大正8年）に赤坂中学校で教鞭を執ることから始まった。その後、1921年（大正10年）には埼玉県師範学校教諭に就任した。彼の論文「一つの数学遊戯」は、当時の著名な数学者であった林鶴一の目に留まり高く評価された。これを機に、1923年から1927年にかけて東北帝国大学の助手として研究に携わる機会を得た。

1927年（昭和2年）からは東京物理学校（現・東京理科大学）で講師を務め、教育と研究活動を続けた。1935年（昭和10年）には東北帝国大学から理学博士の学位を授与された。その後、1937年（昭和12年）に広島高等工業学校（現・広島大学工学部）教授、1944年（昭和19年）には海軍技師を務めた。戦後は、1946年（昭和21年）から東京工業専門学校（現・千葉大学工学部）に勤務し、1950年（昭和25年）からは地元である群馬大学学芸学部教授として後進の指導にあたった。

彼の研究の中でも特筆されるのは、第二次世界大戦前の1938年、数学教育誌「高等数学研究」に発表したランチェスターの2次則モデルに関する論文である。彼は、このモデルを応用して兵力集中効果を分析し、敵兵力を分断して各個撃破する戦術の有効性を数学的に論じた。この分野の本格的な研究は、欧米では第二次世界大戦中のアメリカ海軍によるオペレーションズ・リサーチ（OR）まで待たなければならなかったことと比較すると、森本が極めて早期にこのテーマに取り組んでいたことは特筆に値する。発表から70年以上を経た現在でも、軍事ORの専門家から高い評価を受けているという。

人物と家族

森本清吾の人生において、妻・治枝（旧姓：森本治枝）の存在は大きい。治枝は女性数学者の先駆けとして知られる人物である。東北帝国大学助手時代の1924年、新入生だった森本治枝に清吾が交際を申し込んだことが二人の出会いとなった。彼女が卒業を迎えた1927年6月、周囲の反対を押し切る形で結婚に至る。この際、清吾は自身の姓を深沢から、妻となる治枝の姓である「森本」に改称した。

夫妻は4人の子供に恵まれたが、清吾は群馬大学教授就任からわずか4年後の1954年 6月19日、胃癌のため享年54の若さで急逝した。清吾の死後、妻の治枝は一人で4人の子供を育て上げた。子供たちは皆、学者として大成した。長男・治樹は数学者として大阪市立大学名誉教授に、次男・雅樹は天文学者として国立天文台および鹿児島大学の名誉教授に、三男・芳樹は経済学者として九州大学経済学部長を経て名誉教授に、四男・英樹は生物物理学者として大阪大学助教授になるなど、いずれも第一線の研究者としての道を歩んだ。

次男で天文学者の雅樹は、父・清吾について時に反感を抱いたこともあったと述懐しているが、父の「一貫性なく場当たり的」な一面が自身の性格に引き継がれているとも分析している。同時に、子供たちが皆教授になれたのは、何事も論理的に考える母・治枝の存在が大きかったと、両親それぞれの影響を評している。

妻・治枝は、結婚を機に清吾と同じ正教会の洗礼を受けていた。清吾の死後、教会から一時遠ざかっていた時期もあったが、自身の最期に際しては、夫への愛情と論理性を等しく重んじた。「もし仏式で葬儀をすれば極楽へ行くことになり、天国にいる清吾には会えないだろう」と考え、清吾と同じ日本ハリストス正教会教団の東京復活大聖堂（ニコライ堂）での葬儀を希望した。1995年に治枝の埋葬式がニコライ堂で執り行われ、二人の学者夫婦は41年の時を経て「天国」で再会を果たしたという。

主な著書

『数学学習法』（研究社学生文庫、1948年）
『近世幾何学』（共立全書、1952年）
『数論』（共立全書、1953年）