森田草平

森田草平：漱石門下の異端児、波乱の生涯

森田草平（1881-1949）は、夏目漱石の門下生として名を馳せた作家であり、翻訳家です。岐阜県に生まれ、東京帝国大学英文科を卒業後、漱石の薫陶を受けながら、文壇で活躍しました。しかしながら、彼の名は、優れた文学的才能だけでなく、数々のスキャンダルと奔放な私生活によって、世に知られることとなります。

奔放な学生時代と漱石との出会い

草平の若き日は、破天荒そのものでした。海軍兵士を目指して上京するも海軍予備校を退学、その後も恋人の森田つねとの同棲が発覚し、第四高等学校を退学するなど、学業に専念せず、私生活は奔放そのものでした。しかしながら、第一高等学校を経て東京帝国大学に進学し、与謝野鉄幹・晶子夫妻らと交流を深め、文才を開花させます。卒業後、漱石の『草枕』に感銘を受け、妻子を故郷に残し上京、漱石の門下生となります。漱石の自宅に通い詰める一方で、職には就かず、翻訳などで生計を立てていました。

塩原事件と文壇デビュー

漱石の紹介で教師の職を得るもすぐに辞任、与謝野鉄幹主宰の「閨秀文学講座」で講師を務める中で、平塚らいてうと出会います。らいてうの小説を絶賛したことがきっかけで二人は接近、そして「死の勝利」に感化され、心中未遂事件（塩原事件）を起こします。雪深い山中で心中を断念、発見された二人は世間を騒がせました。この事件は、草平の文壇デビューのきっかけとなります。漱石の勧めにより、この事件を題材とした小説『煤煙』を朝日新聞に連載、世間の注目を集めました。この事件の後始末に奔走したのは漱石と馬場胡蝶でしたが、らいてうの結婚を申し出たところ、らいてうに完全に拒否されています。

朝日新聞での活動と漱石門下の交友

『煤煙』の連載をきっかけに、草平は朝日新聞に嘱託社員として雇われ、文芸欄を担当するようになります。そこで石川啄木と親交を深め、草平を通して漱石とも交流を持つようになります。しかし、啄木は度々漱石夫妻に借金を申し込むようになり、その関係は複雑さを増していきます。漱石の胃潰瘍による療養生活、そして明治43年の大水害で一家は住まいを失い、漱石の妻に世話になるなど、草平の生活は安定しないまま推移しました。

法政大学教授時代と晩年

1920年には漱石門下の野上豊一郎の紹介で法政大学教授となります。しかし、法政騒動と呼ばれる学内紛争に巻き込まれ、野上ら教授陣と対立、大学を去ることになりました。その後は歴史小説の執筆や翻訳活動に専念しました。1930年代には帝大史料編纂所に勤め、史料収集に励みますが、太平洋戦争の勃発により長野県に疎開。最晩年には日本共産党に入党するも、活動は行わず、話題を呼ぶのみでした。1949年、肝硬変のため死去しました。

多様な作品群と翻訳

草平は歴史小説『吉良家の人々』『細川ガラシヤ夫人』など、多くの作品を発表しました。また、イプセン、ドストエフスキー、セルバンテス、ダヌンツィオ、ボッカチオなど、様々な作家の作品を翻訳、日本の近代文学に多大な貢献をしました。その翻訳の質の高さと幅広さは、草平の言語能力の高さを証明しています。

漱石の弟子として

草平は、晩年まで自らを「漱石の弟子」と称していました。漱石の死を悼み、「自分は永遠に漱石の弟子であり、自分自身は一生、師と呼ばれるような人間になれる気がしない」と述べていることは、師への深い敬愛と、自らの生き方の矛盾を理解していたことを示唆しています。

森田草平の生涯は、才能と破天荒さ、そして周囲との複雑な関係性によって彩られた、波乱に満ちたものでした。彼の作品群は、そのような生き様と、時代背景を反映したものと言えるでしょう。その人生は、現代においても、多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

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