検事の本懐

『検事の本懐』

柚月裕子による短編推理小説集であり、佐方貞人シリーズの第2作として位置づけられる作品です。前作『最後の証人』で敏腕弁護士として描かれた佐方貞人が、まだ検事だった時代に立ち向かった事件が五編収録されています。

本作は、第25回（2012年）山本周五郎賞の候補となり、翌年の第15回（2013年）には大藪春彦賞を受賞するなど、高い評価を受けました。

執筆の背景

当初、柚月裕子自身は『最後の証人』のシリーズ化を想定していませんでした。しかし、同作の出版後、読者から「佐方の続編を読みたい」という要望が多数寄せられたこと、そして著者自身も佐方という人物像をさらに深く掘り下げたいという思いがあったことから、続編の執筆が決定しました。続編が短編形式での依頼であったため、前作のように法廷でのやり取りを中心に描くのではなく、事件発生から捜査、そして起訴・不起訴の判断に至るまでの検事の活動に焦点を当てる方針が固まりました。興味深いことに、当初は佐方自身の視点で物語を描く予定だったものの、結果として、周囲の人物たち――警察官、事務官、関係者など――から見た佐方貞人の姿が描かれる作品となったと、著者はインタビューで語っています。

また、推理小説界で多大な影響力を持つ横山秀夫が本作の書評を手がけたこと、そして文庫版（角川文庫新装版）の解説を大沢在昌が担当し、柚月作品の根底には「不公平なことに対する怒り」があるとその魅力を評している点も、作品への注目度の高さを示しています。

各話の概要

本書は以下の五編の短編で構成されています。

樹を見る

連続放火事件の捜査に追われる米崎東警察署の南場署長は、県警本部からの横槍に苦慮します。彼が逮捕した容疑者・新井は多くの犯行を認めますが、唯一、死者が出た放火事件だけを頑なに否認。世間や周囲の予想に反し、米崎地検に着任間もない佐方検事は、独自の見立てで別の犯人の存在を示唆します。南場の同期である佐野刑事部長、放火容疑で逮捕された新井友則などが登場します。

罪を押す

かつて筒井検事が起訴した窃盗犯「ハエタツ」こと小野辰二郎が、出所直後に再び逮捕・送致されてきます。刑務所に戻りたいがゆえの犯行と筒井が憤る中、佐方が取り調べを担当します。目撃者もいて本人が犯行を認めている単純な事件と思われましたが、佐方は勾留期限ギリギリまで調べを続け、予期せぬ判断を下します。佐方の元上司である南部哲夫、筒井の事務官・津川慎二、そして窃盗犯の小野辰二郎が登場します。

恩を返す

高校時代の同窓生である天根弥生から、十数年ぶりに佐方に連絡が入ります。弥生は現職警察官に過去の出来事をネタに強請られていました。結婚を控えた弥生を助けるため、佐方は高校時代の約束を胸に、父の七回忌以来となる故郷・呉原市へ帰ります。この物語では、天根弥生、彼女を強請る呉原西署の勝野正平警官、弥生の中学時代の仲間である宮田香織などが登場し、佐方の過去や人となりが描かれます。

拳を握る

財団法人を巡る贈収賄事件の捜査のため、東京地検特捜部に応援要請が出され、山口地検の事務官・加東寿朗は東京へ派遣されます。彼は米崎地検から来た佐方貞子検事とコンビを組み、重要参考人の取り調べを担当することになります。佐方の、時間をかけて対象を深く掘り下げる独特の取り調べ手法は、短時間での成果を求められる上層部からのプレッシャーと板挟みになる加東を困惑させます。加東寿朗事務官、ベテラン検事の先崎、佐方と加東が取り調べる岩舘啓二などが登場します。

本懐を知る

ニュース週刊誌のライター・兼先守は、10年以上前に起きた弁護士による業務上横領事件に興味を持ちます。逮捕された弁護士・佐方陽世（佐方貞人の父）は、依頼人の財産を横領したにも関わらず、取り調べに一切応じず、控訴もしませんでした。弁護士としては不可解な行動に何か裏があると睨んだ兼先は事件を調べ始め、陽世の息子である佐方貞人の元を訪ねます。この物語では、ライターの兼先守、佐方貞人の父・佐方陽世、陽世の司法修習生時代の同期である弁護士の篠原宗之などが登場し、佐方貞人のルーツに関わる事件の真相が探られます。

その他の情報

本作は2016年にテレビドラマ化もされており、佐方貞人シリーズのドラマ版として展開されました。

書籍としては、単行本（宝島社）の後、宝島社文庫版（解説：池上冬樹）と角川文庫【新装版】（解説：大沢在昌）が刊行されています。

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