楢山節考

『楢山節考』とは

深沢七郎の短編小説『楢山節考』は、日本の民間伝承である棄老伝説を基にした作品です。1956年に発表されるや、その衝撃的な内容と、人間の業を描いた深いテーマ性から、多くの作家や評論家を魅了しました。作者である深沢七郎は、当時42歳にしてこの処女作を発表し、一躍その名を世に知らしめました。

物語の舞台は、山深い貧しい村。そこでは、年老いた者は「楢山まいり」と呼ばれる習わしに従い、山へ捨てられるという掟がありました。本作は、老いた母「おりん」が、自ら「楢山まいり」の日を早めることを決意し、優しい息子「辰平」が、その母を背負って山へと向かう姿を描いています。物語を通して、厳しい自然と貧困の中で生きる人々の姿、そして、親子の間で交わされる言葉にならない愛情が、深く、そして力強く表現されています。

作品の背景

作者の深沢七郎は、山梨県にある大黒坂という場所で語り継がれていた「姥捨伝説」を耳にしたことが、本作の着想のきっかけになったと述べています。また、実母が癌を患い、自らの意思で餓死しようとしていたという壮絶な体験も、本作に大きな影響を与えたとされています。

作中には、「三」と「七」という数字が象徴的に用いられています。これは、深沢自身の名前の由来である「七面山」や、仏教的な意味合いを込めたものだと考えられています。

執筆当時、深沢はギタリストとしても活動しており、日劇ミュージックホールの楽屋などで執筆していたというエピソードも残っています。また、雑誌『中央公論』の新人賞に応募するきっかけとなったのは、公演の構成演出をしていた丸尾長顕の勧めでした。

あらすじ

物語は、信州の山村で暮らす、おりんという老女が「楢山まいり」の日を待つところから始まります。おりんは、70歳になると山へ行かなければならないという村の掟に従い、69歳になった今、その日が近づくのを静かに待ちわびていました。

一方、息子の辰平は、母を山へ送ることに気が進まず、その日を先延ばしにしたいと考えていました。しかし、長男の結婚と妊娠により、食料不足が深刻化し、ついに、おりんは今年中に山へ行くことを決意します。

冬の夜、辰平は、おりんを背負い、誰にも見られないように山へと出発します。山道では白骨化した遺体やカラスの群れを目撃し、厳しい現実を突きつけられます。辰平は、山頂で母を降ろし、雪が降る中、後ろ髪を引かれる思いで家路につきます。

帰り道、辰平は、隣家の息子が父親を谷底へ突き落とす場面を目撃します。それは、「楢山まいり」の掟の裏に隠された、もう一つの残酷な現実でした。

家に戻ると、息子夫婦は、おりんの形見を身に着け、おりんがいなくなったことを当然のように受け止めています。その姿を見た辰平は、おりんが今ごろ、雪の中で何を思っているのだろうかと、胸を痛めるのでした。

主な登場人物

おりん: 69歳の老女。かつては村一番の美人だったと言われる。息子の幸せを願い、自ら「楢山まいり」を決意する。
辰平: おりんの一人息子。心優しい性格で、母を思う気持ちが強い。村の掟と愛情の間で苦悩する。
玉やん: 辰平の後妻。おりんを尊敬し、すぐに打ち解ける。
けさ吉: 辰平の長男。お調子者で、少し冷たいところがある。
松やん: けさ吉の妻。大食らいで、少し意地悪な性格。
銭屋の息子: 隣家の息子。父親を山へ連れて行くことを嫌がり、谷底へ突き落とす。

作品の評価と解釈

『楢山節考』は、発表当時から多くの作家や評論家によって絶賛されました。その衝撃的な内容と、人間の業を描いた深いテーマ性が評価され、深沢七郎の代表作として、現在でも広く読まれています。

辛口評論家として知られる正宗白鳥は、「人生永遠の書の一つ」と評し、福田宏年は「戦後三十年の日本文学の中でただ一作を選べと言われたら、ためらうことなくこの作品を選ぶ」と述べています。

三島由紀夫は、「総身に水を浴びたような感じがした」と語り、この作品が持つ独特な恐怖感について言及しています。また、伊藤整は、「ああこれがほんとうの日本人だったという感じがする」と述べ、この作品の中に、日本人が何千年もの間続けてきた生き方が描かれていると指摘しています。

日沼倫太郎は、作品に漂う「残酷な行動」と「肉親間の美しい愛情」が「奇妙にないまぜられ」ている点を指摘し、その独特な世界観を評価しています。

木村東吉は、おりんが自らの死を完全なものにするために全力を傾注している姿を指摘し、「自己犠牲の道を誇り高く歩んでいる」と解説しています。

大木文雄は、この作品が、民族を超えて感動を呼ぶのは、根源神話に通じるものがあるからだと解説しています。そして、姥捨という行為は、現代の高齢者福祉の問題にも通じると述べ、現代社会においても、老いと死は人間の根本的な問題であると考察しています。

棄老について

『楢山節考』のテーマとなっている棄老は、日本では昔からあった風習だと考えられていますが、その実態は不明な点も多く残っています。松原久子は、「映画の影響が大きい」と述べており、実際には、物語のように一般的ではなかった可能性も指摘されています。

映画化とその他のメディア展開

『楢山節考』は、過去に2度映画化されています。1958年には木下惠介監督、田中絹代主演で、1983年には今村昌平監督、緒形拳主演で制作されました。今村昌平監督の作品は、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しています。

また、テレビドラマやラジオドラマにもなっており、様々な形で人々に親しまれています。

まとめ

深沢七郎の『楢山節考』は、日本の風習や文化、人間の業を描いた傑作として、今もなお多くの読者を魅了し続けています。その独特な世界観と、深いテーマ性は、時代を超えて私たちに問いかけ、深く考えさせてくれます。

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