榎本道章

榎本道章：幕末を駆け抜けた旗本の生涯

榎本道章（えのもと みちあき）は、天保4年（1834年）に生まれ、明治15年（1882年）に没した、幕末から明治初期にかけて活躍した人物です。江戸幕府の旗本であり、官位は対馬守。通称は亨蔵と名乗っていました。

幕府での活躍

榎本は、文久3年（1863年）に一橋家目付に就任し、その手腕を発揮し始めます。慶応2年（1866年）には、徳川慶喜の徳川家相続に大きく貢献。同年8月には幕府目付という要職に就きました。慶応4年（1868年）1月には、慶喜の江戸帰還に同行するなど、慶喜からの信頼も厚かったことが伺えます。

戊辰戦争と箱館政府

戊辰戦争が勃発すると、榎本は旧幕府艦隊とともに江戸を脱出し、蝦夷地（現在の北海道）へと渡ります。箱館政府では会計奉行に任ぜられ、財政面でその手腕を発揮しました。しかし、明治2年（1869年）5月に箱館政府は降伏。榎本も謹慎処分を受けました。

明治維新後

明治3年（1870年）3月、榎本は静岡藩へ帰参し、翌明治4年（1871年）には開拓使に出仕。新政府の一員として、北海道の開拓に尽力しました。

近江屋事件黒幕説の真相

榎本道章の名を語る上で、避けて通れないのが近江屋事件（坂本龍馬暗殺事件）の黒幕説です。

この説は、勝海舟の日記の一節が、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』のあとがきで引用されたことがきっかけで広まりました。しかし、この引用には不正確な点が含まれています。

海舟の日記には、近江屋事件当時大目付であった松平勘太郎が、「佐々木や今井による暗殺は上からの指図によるものだろうが、その指図をしたのが何者か分からない。（命令系統からいえば自分も含まれるが、もとより違うし）自分の下僚である榎本対馬が関与しているかどうかも分からない」と述べた言葉が記録されています。つまり、これはあくまで松平勘太郎の推測であり、榎本道章が事件に関与したという直接的な証拠はありません。

司馬遼太郎は、この日記の記述を根拠に、「榎本対馬が近江屋事件の黒幕か」と示唆しましたが、これは不正確な引用であると言わざるを得ません。実際に、一次資料を当たると、榎本が事件に関与したことを示す証拠は見当たらず、黒幕説はあくまで推測の域を出ないものと考えられます。

榎本道章は、幕末の激動期を生き抜き、幕府の要職を務め、維新後には新政府の一員として北海道の開拓に貢献した人物です。近江屋事件黒幕説は、史実に基づかない推測に過ぎず、彼の功績を曇らせるものであってはなりません。

彼の生涯は、時代の変化に翻弄されながらも、それぞれの立場で全力を尽くした人々の姿を今に伝えています。

もう一度検索