機械式暗号

機械式暗号：機械化された秘密の守り手

機械式暗号とは、暗号化アルゴリズムを機械によって実装した暗号システムです。専用の機械、すなわち暗号機を用いて暗号化と復号化を行います。手作業による暗号と比較して、複雑な手順を迅速かつ正確に処理できるという大きな利点がありました。

機械式暗号の台頭と衰退

16世紀から19世紀にかけて、暗号解読技術は目覚ましい進歩を遂げ、単純な暗号は次々と解読されるようになりました。そのため、より複雑な暗号化手法が求められるようになり、安全かつ容易に暗号化できる機械式暗号が注目されるようになりました。

20世紀初頭、ロータマシンと呼ばれる暗号機の発明は、機械式暗号の時代を切り開きました。この機械は、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、世界各国の軍隊や外交機関で広く使用されました。しかし、電子計算機や集積回路といった新しい技術が登場した20世紀後半、機械式暗号は徐々にその役割を終え、歴史の舞台から退場していきます。

機械式暗号の分類：多様な手法と構造

機械式暗号は、その構造や運用方法によって様々な種類に分類できます。ここでは、暗号理論的な観点からの分類について解説します。

1. 換字式と転置式

実用化された機械式暗号の大部分は換字式暗号です。文字を別の文字に置き換えることで暗号化を行います。一方、転置式暗号は文字の順序を入れ替えることで暗号化しますが、機械式暗号の時代にはそれほど普及しませんでした。

2. cipher式とenciphered code式

cipher式は、暗号機によって直接1段階の暗号化を行う方式です。多くの暗号機が、このcipher式を基本として設計されています。一方、enciphered code式は、まず別の機械や手作業でコード化を行い、そのコードをさらに機械式暗号で2段階目に暗号化するという方式です。

3. 単表換字式と多表換字式

単表換字式は、常に同じ変換表を用いて暗号化を行う方式です。比較的単純な暗号化方法であるため、解読されやすいという弱点があります。多表換字式は、複数の変換表を組み合わせて使用することで、暗号強度を高める方式です。アルベルティの暗号円盤からエニグマまで、多くの機械式暗号機が、この多表換字式を採用していました。

4. 多表の組み合わせと切り替え方式

多表換字式の中でも、複数の変換表を組み合わせて使用する方式があります。エニグマやパープル暗号などは、複数の変換表を順番に切り替えることで、より複雑な暗号化を実現しました。変換表の切り替え方には、順次切り替える順変多表式と、擬似乱数的に切り替える乱変多表式があります。

5. 多表内部の関係

変換表（多表）どうしの関係性も、暗号強度に関わります。ローター式暗号機は、複数のローター内部の配線が複雑に絡み合うことで高い暗号強度を誇りました。一方、スライド式やディスク式は、多表の秘匿性が低いため、乱変多表式暗号機に用いられることが多かった。

6. 換字制限

通常、機械式暗号では、いかなる文字も他のいかなる文字に置き換えられます。しかし、一部の暗号機では、特定の文字の置き換えを制限することで、暗号化の利便性を高めていたものもあります。

7. 多表の固定と差替

多表換字式暗号機において、変換表を固定するか、あるいは交換できるかという点も重要です。固定式は一般的ですが、差替式は、ローターを追加することで暗号強度を高めることができます。しかし、ローターの管理や配布には限界があります。

8. 鍵系列の配布と合成

変換表の切り替え順序（鍵系列）の管理方法も、暗号強度を左右します。鍵系列をそのまま配布する方式や、暗号機内部で鍵系列を生成する方式など、様々な方法がありました。

9. アタッチメントの追加

暗号強度を高めるために、プラグボードなどのアタッチメントを追加する暗号機もありました。しかし、運用途中で追加すると、逆に暗号強度が低下することがありました。

主要な機械式暗号機

世界各国で様々な機械式暗号機が開発・使用されました。代表的なものとして、ドイツのエニグマ、日本のパープル暗号、アメリカのM-209などがあります。これらの暗号機は、当時の暗号技術を代表するものであり、第二次世界大戦における暗号戦において重要な役割を果たしました。

機械式暗号の歴史

機械式暗号の起源は、1460年代にレオン・バッティスタ・アルベルティによって考案された暗号円盤に遡ります。これは、複数の変換表を組み合わせて暗号化を行う多表式換字暗号機の先駆けとなりました。

1918年には、ドイツのアルトゥール・シェルビウスによってエニグマが発明され、機械式暗号は新たな段階に進みました。エニグマは、複数のローターを用いた複雑な暗号化機構を備えており、高い暗号強度を誇りました。しかし、イギリスはエニグマを解読し、第二次世界大戦の戦局に大きな影響を与えました。

日本も、パープル暗号機などの機械式暗号機を開発・使用しましたが、アメリカによって解読されていました。

機械式暗号の後継と問題点

電子計算機の発明により、計算機による暗号化が主流となりました。コンピュータは、機械式暗号機が行っていた作業をより効率的に、かつ柔軟に行うことができます。また、暗号機の複雑化も、ローターを増やすのではなくプログラムを改変するだけで済み、経済的で利便性も高まりました。

しかし、機械式暗号にはいくつかの問題点がありました。まず、暗号機が盗まれない限り解読できないという誤解が生まれがちです。また、融通が利かず、暗号機自体に問題が生じた場合、鍵の変更頻度を上げるしか対処法がない場合もありました。さらに、サイズや重量が大きすぎたり、破棄処分が困難であったりするのも欠点でした。

機械式暗号は、暗号技術の歴史において重要な役割を果たしましたが、電子計算機の発達によりその役割を終えました。しかし、その複雑な仕組みや開発の歴史は、現代の暗号技術の発展に大きな影響を与え続けています。

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