レオン・バッティスタ・アルベルティ

レオン・バッティスタ・アルベルティ：ルネサンスの万能人

レオン・バッティスタ・アルベルティ（1404-1472）は、初期ルネサンスを代表する人物の一人です。彼は人文主義者、建築理論家、建築家として多岐にわたる才能を発揮し、その幅広い知識と卓越した能力から「万能の人」の最初の典型と称されました。法学、古典学、数学、演劇、詩作、絵画、彫刻、音楽、運動競技など、あらゆる分野で才能を発揮し、ルネサンス期における理想的な人物像を体現しました。彼の残した業績は、その後の芸術、科学、思想に大きな影響を与えました。

生涯

アルベルティは、フィレンツェの有力な商人貴族であるアルベルティ家の出身でしたが、政治的な抗争によって一族は国外追放されていました。彼は1404年に亡命先のジェノヴァで庶子として生まれ、ヴェネツィアで幼少期を過ごしました。早くから英才教育を受け、パドヴァで古典学と数学を学んだ後、ボローニャ大学で教会法の学位を取得しました。その後、教皇庁の書記官となるまでの間、ヨーロッパ各地を歴訪し、見聞を広めました。

1428年、アルベルティ家への追放命令が解除されたため、フィレンツェを訪問します。その後、1434年に再びフィレンツェを訪れた際に、フィリッポ・ブルネレスキ、ドナテッロ、マザッチョといったルネサンス美術の巨匠たちと親交を深めました。特にブルネレスキとは建築理論について深く議論を交わし、彼の才能に影響を受けたとされています。1436年には、自身の著作である『絵画論』を彼らに献呈しています。

ローマでの活動

1432年頃、アルベルティはローマに移住し、教皇庁の記念物監督官に就任しました。この職務を通じて、古代ローマの建築や文化に深く触れ、その知識を深めていきました。教皇エウゲニウス4世の命により、建築事業顧問のベルナルド・ロッセリーノと協力し、アクア・ヴェルジネの水路修復やトレヴィの泉の造営にも携わりました。ただし、トレヴィの泉は後に改修されたため、アルベルティの原形を見ることはできません。

教皇庁での活動を通じて、アルベルティはキケロをはじめとする古代ローマの人文学に傾倒しました。特にウィトルウィウスの『建築について』に触発され、人体比例と建築比例の理論に着目し、これを基礎として建築理論を構築しました。1451年までに完成した著書『建築論』は、古代建築の知識とアルベルティ自身の理論を融合させた画期的なものでした。この著書は、ルネサンス建築の理論的基盤となり、後世の建築家たちに大きな影響を与えました。

フィレンツェの有力商人ジョヴァンニ・ディ・パオロ・ルチェッライとは親交が深く、1446年に起工されたパラッツォ・ルチェッライの設計を手がけました。これは、ファサードにオーダー（柱の様式）を全面的に採用した最初の例であり、ローマのコロッセウムを参考にしたと言われています。

また、リミニでは、シジズモンド・マラテスタ公に召喚され、サン・フランチェスコ聖堂を改装してテンピオ・マラテスティアーノとする工事に着手しました。しかし、このプロジェクトはマラテスタ公の失脚と死により未完に終わりました。

フィレンツェとマントヴァでの活動

フィレンツェに戻ったアルベルティは、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会のファサード設計をパオロ・ルチェッライから委託されました。彼は正方形の組み合わせと単純な比例関係に基づいたファサードを設計しましたが、完成したのは彼の死後の1477年でした。また、サンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂の建築を引き継ぎ、後陣部分の設計にも携わりました。

1459年には、ピウス2世に従ってマントヴァを訪れ、1470年に再びマントヴァを訪れ、サン・セバスティアーノ聖堂とサンタンドレア聖堂の設計を請け負いました。特にサンタンドレア聖堂は、ラテン十字の平面を持つ教会堂であり、古代ローマ神殿と凱旋門のデザインを取り入れた、彼の最も影響力の大きい建築作品とされています。

死去

1471年にもマントヴァに滞在しましたが、ローマに戻った1472年に亡くなりました。彼はその人柄から、生涯を通じて多くの人々に尊敬されました。

影響

アルベルティは、芸術だけでなく、科学分野においても重要な足跡を残しました。多アルファベット換字式暗号の発明は、後のヴィジュネル暗号の原型となりました。また、力学、家庭経済にも関心を寄せ、幅広い分野でその才能を発揮しました。

彼の著書『絵画論』は、西洋絵画の理論を確立した重要な文献とされています。彼は遠近法の手法を体系化し、絵画における空間の秩序化を試みました。また、芸術作品における調和を重視し、それを文法化しようとしました。

『建築論』は、ウィトルウィウスの『建築について』とローマ建築の調査に基づいて書かれた、ルネサンス最初の建築理論書です。アルベルティは、建築における比例とオーダーを再発見し、それを体系的にまとめました。この著作は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』にも影響を与えました。彼の建築作品は、教条的なものではなく、自らの理論にとらわれず、自由に実験的な試みを加えていました。

気象測定の先駆者

アルベルティは、風力の測定器を初めて作った人物としても知られています。1450年頃に板の傾きで風圧を測る風力計を考案し、レオナルド・ダ・ビンチよりも約20年早く風力計を製作しました。また、海綿の重量変化を利用した湿度計も考案し、気象観測の分野でも貢献しました。

主要作品

『重量・挺・牽引法』
『数学的遊戯』
『家族論』
『市民生活論』
『絵画論』（1435年）
『建築論』（1443-1451年、初版1485年）
パラッツォ・ルチェッライ（1446-1451年）
テンピオ・マラテスティアーノのファサード（1446年起工、未完）
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会のファサード（1456-1470年）
サン・セバスティアーノ教会（1460年頃設計）
サンタンドレア教会（1472-1494年）

日本語文献

『絵画論』三輪福松訳、中央公論美術出版
『芸術論』森雅彦編訳、中央公論美術出版
『建築論』相川浩訳、中央公論美術出版
『家族論』池上俊一・徳橋曜共訳、講談社
『モムス　あるいは君主論』福田晴虔、建築史塾あるきすと

伝記研究

相川浩『建築家アルベルティ　クラシシズムの創始者』中央公論美術出版
池上俊一『イタリア・ルネサンス再考　花の都とアルベルティ』講談社学術文庫
福田晴虔『アルベルティイタリア・ルネサンス建築史ノート2』中央公論美術出版
アンソニー・グラフトン『アルベルティイタリア・ルネサンスの構築者』森雅彦ほか訳、白水社