櫻の園 (漫画)

櫻の園

『櫻の園』（さくらのその）は、漫画家・吉田秋生の手がけたオムニバス形式の作品です。1985年から1986年にかけて、白泉社の漫画雑誌『LaLa』に連載されました。

概要

物語は、伝統ある女子高校の演劇部に所属する生徒たちの内面的な葛藤や、彼女たちを取り巻く人間関係に焦点を当てて描かれます。作品は全4章構成となっており、それぞれの章には「花冷え」「花紅」「花酔い」「花嵐」という、桜に関連する日本の季語がタイトルとして冠されています。

舞台となる桜華学園では、毎年春の創立記念日にアントン・チェーホフ作の戯曲『桜の園』を上演することが恒例となっています。この伝統の舞台に向けて練習に励む中で、演劇部の少女たちが経験する様々な心の揺れや、友情、恋愛、進路といった思春期特有の悩みが繊細に描き出されています。

主な登場人物

各章のタイトルと同じく、「花冷え」「花紅」「花酔い」「花嵐」の章では、それぞれ中野敦子、杉山紀子、倉田知世子、志水由布子が中心人物として描かれています。

中野敦子: 『桜の園』のアーニャ役を務めます。交際相手との関係における身体的な進展について、密かに悩みを抱えています。
杉山紀子: ヤーシャ役。複数の男性との交際経験がある（ただし肉体関係はない）ことから、周囲から一歩引いて見られがちな存在です。俊一という彼氏がいます。
倉田知世子: ラネフスカヤ夫人役を演じます。敦子とは中学校時代からの親しい友人です。長身であることを気にしており、これまでの男役とは異なる初めての女性役に戸惑いを感じています。男女の機微には非常に疎いタイプです。
志水由布子: ドゥニャーシャ役。演劇部の新部長ですが、同級生である敦子からはなぜか敬語で話されます。男性を苦手としており、友人である知世子に対して特別な感情を抱いている様子がうかがえます。
井上志摩子: 敦子の中学時代からの友人で、男女のことについてはませている部分があります。
中野綾子: 敦子より10歳年上の姉で、桜華学園の卒業生です。結婚を控えています。
* 坂田シンイチ: 敦子の彼氏で、別の高校のラグビー部に所属しています。

書誌情報

本作の単行本は、白泉社から複数のレーベルで刊行されています。1986年9月にジェッツコミックス版（ISBN 978-4592130963）が、1994年12月には白泉社文庫版（ISBN 978-4592883210）が出ています。さらに、2013年9月には完全版として花とゆめCOMICSスペシャル版（ISBN 978-4592197485）が刊行されました。

メディア展開

映画（1990年版）

1990年 11月3日に公開された実写映画です。監督は中原俊、脚本はじんのひろあきが担当しました。原作の持つ雰囲気を生かしつつも、内容には様々なアレンジが加えられています。

特に大きな変更点として、原作が数週間にわたる物語を描くのに対し、本作は創立記念日当日の朝から上演までのわずか2時間余りを、ほぼリアルタイムに近い形式で描いています。また、特定のキャラクターの内面描写を多用する原作とは異なり、映画では個人の独白や心象風景はほとんどなく、演劇部員全体の群像劇としての色彩が濃くなっています。思春期特有の異性に関する悩みは控えめに描かれ、代わりに同性間の親愛や特別な感情を仄めかす要素が若干加えられています。原作にないキャラクター（城丸香織など）が重要な役割を担う点も特徴です。

こうした独自の解釈と、女子高生の多感な時期を繊細かつ静かに描き出した質の高さが評価され、第64回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位をはじめ、多数の賞を受賞しました。興行的にも成功を収め、当時の話題作となりました。

映画（2008年版）

2008年 11月8日に公開された作品で、監督は再び中原俊が務めましたが、脚本は関えり香が担当しました。本作は1990年版の単なるリメイクではなく、「リ・イメージ」として、物語の設定や内容が大きく刷新されています。

名門女子校・櫻華学園で、何らかの事情によりチェーホフの『桜の園』の上演が禁じられているという新たな設定が導入され、そこに転校してきた元ヴァイオリニストの主人公が、仲間と共に伝統の上演復活を目指して奔走する物語として描かれています。現代の感覚に寄り添った青春ガールズムービーとして制作されました。福田沙紀が主演を務め、これが彼女の映画初出演・初主演となりました。

舞台

じんのひろあき脚本による舞台版も制作されています。演出は主に堤泰之が手がけました。1994年 4月に東京芸術劇場にて初演された後、同年10月には青山円形劇場で再演されました。その後も2007年 6月、2009年 4月に青山円形劇場で再び上演されるなど、複数回にわたり再演されており、舞台作品としても人気を博しています。2011年にはさわまさし演出による公演も行われています。

まとめ

『櫻の園』は、女子高校の演劇部という限られた空間を舞台に、多感な思春期を迎えた少女たちが抱える等身大の悩みや、複雑な人間関係、そして友情を瑞々しく描き出した作品です。原作漫画に加え、高く評価された1990年版映画、現代的な解釈を加えた2008年版映画、そして度々再演される舞台版と、様々な形で表現され、多くの人々に親しまれています。それぞれのメディアが異なるアプローチで「女子の園」を描き出し、原作の持つテーマ性を掘り下げている点も、この作品の魅力と言えるでしょう。

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