欧州連合域内排出量取引制度

欧州連合域内排出量取引制度（EU ETS）

欧州連合域内排出量取引制度（EU ETS）は、地球温暖化対策における欧州連合（EU）の中核的な政策ツールです。この制度は、京都議定書のマラケシュ合意で定められた排出量取引のメカニズムを基盤としており、先行して導入されたイギリス国内の制度経験も活かされています。

EU ETSは、エネルギー生産施設や重工業など、EU域内の二酸化炭素排出量の約半分、総温室効果ガス排出量の約40%を占める1万以上の施設を対象としています。参加する大量排出事業者は、自身の排出量を正確に測定し、これを毎年報告する義務があります。さらに、年間の排出量と同量の排出許容量を政府へ返上する必要があります。

制度の仕組み

事業者は、政府から一定量の排出許容量を無償で受け取ることができるほか、他の事業者や市場から購入することも可能です。もし割り当てられた量以上の許容量を保有していれば、それを売却して収益を得ることもできます。このように、排出許容量を市場原理に基づいて取引することで、コスト効率よく排出量を削減することを目指します。

排出許容量の取引は様々な形で行われます。企業の異なる拠点間で内部的に融通したり、ブローカーを介した相対取引、あるいは欧州気候取引所のような専門市場でのスポット取引などがあります。取引が成立し、排出許容量の保有権が移転される際には、関係各国の登録機関と欧州委員会に通知され、公式に記録されます。

また、EU ETSでは、京都議定書の枠組みにおける排出削減単位（ERU）や認証排出削減量（CER）といったカーボンクレジットも、一部義務履行のために利用が認められています。1 EU排出枠単位（EAU）は二酸化炭素1トンに相当し、京都議定書の割当量（AAU）と同等とみなされており、CERとも同等に取引が可能です。

割当と制度の進化

制度の実効性を確保するため、EU加盟国政府は、対象施設に割り当てる総排出許容量を、制度がない場合に推定される排出量よりも少なく設定することが求められます。各国の総割当量は「国別割当計画（NAP）」として定められ、欧州委員会がその妥当性を評価・監視しました。NAPは京都議定書での目標達成に合致しているかなど、複数の基準を満たす必要がありました。

制度開始当初のフェーズI（2005年-2007年）では、ほとんどの排出許容量が無償で割り当てられる「祖父条項」方式が採用されました。しかし、この方式は一部で予期せぬ利益をもたらし、削減や技術革新へのインセンティブが不十分であるとの批判を受けました。特に、電力部門など一部の産業では、想定よりも緩やかな割当が行われたことが明らかになり、市場価格が大幅に下落する事態も発生しました。

これらの課題を踏まえ、フェーズII（2008年-2012年）以降、制度は段階的に強化・拡大されました。対象ガスに亜酸化窒素やパーフルオロカーボンの一部が追加され、クリーン開発メカニズム（CDM）や共同実施（JI）クレジットの利用が導入されました。さらに、EU非加盟国であるノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン、スイスも制度に加わりました。割当方法も見直され、競売（オークション）による割当比率が引き上げられる方向性が示されました。

航空部門への適用と国際的な反発

EU ETSの大きな変化の一つとして、2012年からの航空部門への適用計画がありました。航空機からの排出量増加に対応するための措置でしたが、域外から欧州へ乗り入れる航空会社や、アメリカ、中国、インド、ロシアなど多くの国から強い反発を招きました。法廷闘争や報復措置の検討など、国際的な摩擦が生じました。

この状況に対し、EUは国際民間航空機関（ICAO）での国際的な枠組み構築への期待もあり、2013年秋まで航空部門への規制を一時凍結する決定を下しました。

排出量削減効果と評価

EU ETSの環境効果は、設定される排出量上限の厳格さに依存します。フェーズIでは割当量が全体的に緩やかであったため、制度による追加的な排出削減効果は限定的だったと評価されています。価格の急落は、この過剰な割当を反映した結果とも見なされました。

フェーズIIでは、欧州委員会が加盟国の提出したNAPをより厳しく審査し、全体の排出制限が強化されました。これにより、制度による排出削減効果への期待が高まりました。

今後のEU ETSは、対象ガスのさらなる拡大や、航空・海運部門への本格適用、割当における競売比率の引き上げなど、継続的な強化が図られる見込みです。ただし、炭素貯留によるクレジット付与など、技術的な不確実性や長期的な効果に懸念がある分野については、慎重な姿勢が示されています。制度は常に進化を続けながら、EUの低炭素経済移行を牽引する役割を担っています。

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