武南市

幻の市「武南市」構想



武南市（ぶなんし）は、かつて埼玉県に誕生する予定だった市の名称です。この市は、川口市、鳩ヶ谷市、蕨市の3市が合併することで実現するはずでした。しかし、最終的には合併協議が決裂し、武南市は幻の存在となってしまいました。ここでは、その経緯と背景について詳しく解説します。

合併協議の始まり



1983年、川口市、鳩ヶ谷市、草加市、蕨市、戸田市の5市は、「埼玉県南5市まちづくり協議会」を設立しました。この協議会は、各市の連携を深め、より良いまちづくりを目指すことを目的としていました。2000年には、この協議会で合併構想の研究が開始され、具体的な合併に向けた動きが始まりました。

2002年12月には、川口市、鳩ヶ谷市、蕨市の3市が任意の「川口市・蕨市・鳩ヶ谷市合併協議会」を設立しました。一方、草加市と戸田市は2003年までに合併協議から離脱しています。2003年12月には、この協議会は法定合併協議会となり、合併に向けた動きが加速しました。

新市名決定までの道のり



2004年6月、蕨市では住民投票を求める直接請求が議会に提出され、住民投票の実施が決定されました。この住民投票は、有効投票総数が50％に満たない場合は開票しないという条件付きでした。同時期には、新市名の公募も実施され、その結果、1位は「川口市」（1万4778票）でした。しかし、協議会では5位の「武南市」（579票）を推す声が強く、決選投票を実施することになりました。

2004年7月12日の決選投票の結果、「武南市」が22票、「川口市」が19票となり、新市名が「武南市」に決定しました。しかし、この結果に対し、川口市では民意を無視しているという反発が起こり、7月21日には、川口市の臨時市議会で合併協議からの離脱を求める決議がなされました。8月1日には、川口市の合併協議離脱を受けて、蕨市で予定されていた住民投票の中止が決定し、8月2日には、川口市が正式に合併協議から離脱しました。その結果、9月30日には合併協議会が解散しました。

「武南」の由来



「武南」という名称は、「武蔵国の南」を意味します。しかし、旧武蔵国の領域はさらに南に東京都や神奈川県の一部も含まれるため、厳密には当地は「武蔵国の中南部」にあたります。この名称は、合併協議に参加していた3市を包括する広域的な地名として選ばれました。また、埼玉県警武南警察署や武南中学校・高等学校など、地域に根付いた名称としても使われていました。特に蕨市では、川口市に編入されるイメージを嫌い、この名称を支持したとされています。「武蔵国の南」という意味では、「南武」という言葉も存在し、南武線沿線がまさにこれに該当します。

新市名決定をめぐる対立



一般公募では「川口市」が圧倒的な1位だったにもかかわらず、「武南市」が新市名に選ばれたことに対して、川口市では強い反発がありました。川口市は合併地域の中で人口も面積も大部分を占めており、その意見が尊重されるべきだという考えが根底にありました。この新市名決定を巡る対立が、合併協議決裂の大きな要因となりました。

また、他の候補名として「わかば市」や「若葉市」がありましたが、これらの名称は、埼玉県の坂戸市にある若葉駅と混同される可能性があるという理由から反対意見も見られました。

合併協議決裂後の動向



合併協議が決裂した後、鳩ヶ谷市では市長が川口市との合併に積極的であったため、2007年に合併推進室を設置しました。市民アンケートの結果、川口市への編入合併に賛成する意見も3割に上り、鳩ヶ谷市は編入合併を否定しない方針を示しました。しかし、川口市側は当初、「時期尚早」として協議再開に慎重な姿勢を示していました。

2009年1月、鳩ヶ谷市が川口市に再度合併協議を申し入れたのに対し、川口市の岡村幸四郎市長（当時）は、同年7月の定例市議会で年内に川口市と鳩ヶ谷市で任意の協議会を設置する意向を表明しました。そして、2011年10月11日、鳩ヶ谷市は川口市に編入合併され、消滅しました。

鳩ヶ谷市の歴史



鳩ヶ谷市は、1940年に新郷村、神根村、芝村と共に川口市に強制的に編入合併されましたが、1950年に住民投票を経て再び分離し、鳩ヶ谷町として再スタートを切りました。この際、旧新郷村域は川口市への残留を希望したため、川口市の飛び地となりました。この飛び地は1956年に安行村が川口市に編入合併されたことで解消されました。鳩ヶ谷市は、1967年に市制を施行し、南側の一部が東京都足立区に接する以外は、周囲を川口市に取り囲まれる形となっていました。

第二次世界大戦後の昭和の大合併の際には、安行村など現在の川口市の北東部の村々は、「東の鳩ヶ谷、西の飯能」と言われるほど、鳩ヶ谷の政情が不安定であったために、経済的に安定していた川口市との合併を選択しました。

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